真性にして神聖なる辰星の新生④

「逃げてください!」


 空からどんどん降りてくる天獣たちを切り刻みながら、また自らをそうして散らせた疑似血液を紅色の蜉蝣へと転化させ天獣たちの敵意を自らに集める冥だが、逃げ惑う聖都民にそう叫びながら、しかしそう叫んだ自分自身が大きく戸惑っていることに気付かずにはいられなかった。


 ならば一体、何処に逃げろと言うのか――――そんな声が、周囲の状況を見て絶望に目と口とを閉じられない聖都民から聞こえてくるようだ。


 見渡せば極彩色に渦巻く一面の空からは途切れ無く天使と天獣とが襲来し、そしてこの国には地下道や地下水路などという便利なものは無い。

 自分たち神殺し、レヲンが放った黄金の戦闘人形オートマタたちに加え聖都を守る騎士たちも対応しているものの、逃げようとした先の道にも当たり前のように軍勢は降って来る。

 逃げ場などあるのか――だがそれを論じる前に、目の前に拡がる脅威を取り払わなければならない。

 そもそも神殺しの役割は読んで字の如く。ならばそれに繋がる神の軍勢を根絶やしにすることを最優先とすればいい。


 そう、割り切れればどれほど楽か――――だが幸い、聖都民へと至る歯牙の殆どを自らに引き付ける囮としての能力を冥は有している。


“自決廻廊”シークレットスーサイド!」


 攻撃は喰らわないに越したことは無い。凶悪なまでの再生能力を有する山犬ならまだしも、そんなものは備わっていない冥は立体的な機動で鋭く天獣や天使たちの猛攻を凌ぐ。

 彼女の行使する【自決廻廊】シークレットスーサイドは、体外に排出された自身の血液――現在の彼女にとっては疑似血液だが――を赤い蜉蝣へと変化させ、それを操って対象に浸透させることで対象が有する敵意や憎悪といった負の感情を増幅し、かつその矛先を自身に固定するという効果を有する。

 また、浸透させた蜉蝣の数量が大きくなればなるほど対象の持つ負の感情は増大し、そうなれば当然対象の攻撃頻度や一撃一撃の威力は増すが、その分対象の冷静さや理知的な側面を奪うことが出来る。

 怒りに任せて振るわれた攻撃は脅威だが避けやすくもあり、ハイリスクだが彼女の反撃もまた刺さりやすいというリターンも見込めるのだ。


「――っ!!」


 だが冥が射出する戦輪チャクラムは彼女が五指を伸ばした掌程度の大きさをしか持たない、兵器としては小さいものだ。数は六つあるものの、今しがた突出してきた上半身の天獣コゥレーロゥ相手ではやや頼りない。

 だからこそ冥は戦輪チャクラムを引き戻し、重ねた両掌の前で融合させる――六つの輪が一つになった円は、太くそして大きい。彼女の背丈程度の直径を持つ戦環サーキュラーは六つだった時よりも激しく回転し、冥はそれを大きく振り被って天獣に向けて投げ放つ。


「あああっ!!」


 上半身の天獣コゥレーロゥの頸部は太ささながらの頑強さを誇っているものの、しかしそれを容易に断つ戦環サーキュラーの切断能力は天の一撃に匹敵すると言って良い。

 だが無論、天獣もそれで終わりでは無い。

 生きている別の頭に核を譲渡した天獣は復活し、再び雄叫びを上げて冥に襲い掛かる。


 振るわれた拳が甲高い唸りを上げて飛来する戦環サーキュラーを打ち払い、吐き出された炎の帯は躱した冥を擦り抜けてその後方の建物を逃げ遅れた人々ごと焼き払う。


「相手はあたしだって言って――」

「ギュオッ!!」


 それはこちらの台詞だと言わんばかりに横撃する豹の天獣レオパーダリ。前足の鉤爪による一撃は軽く冥を弾き飛ばし、ごろごろと転がる彼女目がけて空を旋回する凧の天獣アネモプロイアが炎弾を放出した。


「ぐ――っ、まだまだぁっ!!」


 彼女は死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。

 死んだところで彼女が生来より有するによって、彼女は齎された死を齎した相手に強制的に譲渡し、それを以て自らを蘇生することが出来る。

 寧ろ相手を激昂させて自身を死に至らせる【自決廻廊】シークレットスーサイドはその副産物に過ぎない。相手を殺すために相手に自分を殺させるという禍々しさこそ、冥の本来の在り方だ。だがそれを彼女自身が受け入れているかと言えばそうでは無い。


 彼女はこの世界に召喚され神殺しとなるその直前まで、強くなるために自分を殺して来た。何度も何度も殺し、その度に強くなって生まれ変わった。その結果、その結末が、世界そのものを終局・終焉へと追い詰める程に強力となってしまった異術だ。

 もしもそれが暴発し、この世界に蔓延る結果となってしまったら――そうならない・そうさせないためには、彼女はでこの状況を打破する必要があった。


 だからこそレヲンに自身の改造を依頼し、だからこそレヲンの傍でなら戦うという決意すら歪めてこの場所に戦士として立っているのだ。

 ならばもう、それを貫き通す他に選択肢など無い。


「来い、神の軍勢! あたしは冥――――お前たちを滅ぼす“神殺し”の一基ひとりだ!」


 戦輪チャクラムを、時には戦環サーキュラーを振り回しては投げ放ち、自身は迫り来る蹂躙を踊るが如く躱し続ける。

 傷跡から舞い散る赤い疑似血液は蜉蝣となって戦火の空を飛び交い、聖都に舞い降りた神の軍勢の敵意を冥へと集約させる。

 そして意識の外から騎士団や戦闘人形オートマタたちが軍勢を討ち、冥自身も旋回させる円の斬撃で以て敵を屠る。


 聖都の一角――そこはまるで、彼女の独壇場オンステージだった。




   ◆




「シュヴァインさんっ!」


 三日月状の刃を持つ戦斧を構える金色の戦闘人形オートマタ――シュヴァインと名付けられたそれを、巨躯の天使は戦鎚の一撃で以て後退させる。


「ほぁぁぁぁちゃぁぁああっ!!」


 奇声を上げながら更にその巨大な戦鎚を振り上げた天使――“神の報復”アンテピセシエルは、力天使アレーティとして与えられた膂力をふんだんに込めた一撃を更に見舞わんと、しかし攻撃の際の隙を跳躍して肉薄したもう一体の金色の戦闘人形オートマタであるエーデルワイスが振るった大剣によって阻まれた。


「痛ぇぇぇぇええええっ!?」

「馬鹿ですかっ!」


 だがエーデルワイスの追撃も、神の報復アンテピセシエルの影から飛び出てきた長身痩躯の天使“神の刑罰”ティモリアエルの槍の薙ぎ払いによって衝き崩された。

 後退する二体の戦闘人形オートマタ、それと入れ違うように放たれた、クルードという名を冠す魔術士型マギタイプ戦闘人形オートマタによる吹雪の嵐は、しかし同じく魔術師型マギタイプの天使、“神の呪い”カタラエルが繰り出した業火の壁に衝突しては膨大な水蒸気となって霧散した。


 神の報復アンテピセシエル神の刑罰ティモリアエルは共に力天使アレーティ――天使の中でも第五の位階に属す彼らは、強靭な身体能力に恵まれてはいるものの、それを置いて他に特別な何かしらの能力を有するわけでは無い。食肉の楽園ミートピアでノヱル達が対峙した神の嗜虐カタクリシエル神の被虐マソキスモセルはその一つ上の第四の位階キリヤヒアだ。単純に考えれば現在のレヲンの戦力が彼らに劣るわけが無い。

 だがそれを拮抗以上にまで引き上げているのが神の呪いカタラエルだ。彼女の位階は更にその上を行く第三の位階、座天使スローノス。イェセロの【禁書】アポクリファの拠点でノヱルやエーデルワイス達を苦しめたあの神の沈鬱カタスリプシエルをも上回るのだ。

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