夢・デマ・他愛・魔性㉒

 最早、牛の頭の中には“殺してくれと懇願した殊理という少女を斬る”という本来の目的は失われていた。

 そんなことはもうどうだって良かった。

 ただただ、“斬閃の魔術師”セイバーワークスとなった自分の全力で以てしてもここまで斬り屠ることが出来ない好敵手とずっとずっと斬り合っていたかった。

 だが間延びさせるような手抜きの刃では寧ろ自分こそが斬られ、この永遠であって欲しいと願う時間は終わってしまうと知っている牛は、だからこそ一撃一撃に自分自身を込めて斬り結ぶ。


 “切断”とは、自らが差し出す対価が大きければ大きい程、そして多ければ多い程にそのを増徴する性質にあった。

 自らを切り詰め、切り捨てたのなら――――そうする程に、より強い斬撃を繰り出せるのだ。


 それを、もう何十分も繰り返している。

 牛はもう、殺戮鬼では無かった。そうである自分を切り捨てたのだ。そうして放った一閃は、地面から急角度で振り上げる斬痕で以て天の手から刀を跳ねさせ奪った。


 ひゅるりひゅるりと円転して遠くへと放り出された刀。

 得物を、愛器を失い攻撃の手段を失った筈の好敵手――――牛は、そんな相手へと向けて、かつて想いを寄せた同級生の記憶を切り捨てた一撃を見舞った。


 最後の一撃は――――牛が培ってきた軍刀術が最も得意とする“突き”だった。

 踏み込みと同時に繰り出すことで、予備動作モーションの無い無拍子の、相手に躱すという判断すら赦さない必滅の一撃。放たれれば受け手の胸に突き刺さることしか無い、極限にまで研ぎ澄まされた


“断ち切らずには、生きられない”セイバーワークス――――」


 ずっと。

 ずっとずっと、決着の無いままに斬り合っていたかった。

 自らの全てが無くなってしまうとしても、何もかもを切り捨ててしまおうとも、それでもこの瞬間ときが永遠であればいいと、そうなって欲しいとに願った。


 だから、いつまで経っても霊銀ミスリルで編まれた切先が天の胸に到達しないことに気付いた時。

 牛は、思い知ったのだ。

 ああ、もう終わりなのだと。

 ああ、最期は、こんなにも度し難く、赦せず、遣る瀬無い――――


 すらりと振り抜かれた右手には、ある筈の無い刀。

 いや、天の手には刀など握られていなかった。

 だからそれは、刀の形をした幻想だ。そんな形を幻視してしまう程に、その一振りは斬閃だった。


「――――“神絶”カンダチ


 天がそれまで行使していた、また牛が先程見せた【神薙】カンナギのように、周囲に満ちる霊銀ミスリルを集束させて刀の形に編んだのでは無い。

 本当に、天は刀を握っていなかったのだ。それなのに振り抜いたそれは、牛の復元された軍刀ごと


 “斬った”という結果がそこにはただ在った。

 全ての一挙手一投足は、ただその前に据えられているだけだ。

 だから“斬閃の魔術師”ワークスホルダーが自らの殆どを切り捨てて斬撃を繰り出したなら。

 もう、斬撃すら要らない。ただそこには“斬り捨てた”という結果が現れるだけなのだ。


(ああ、何て――――)


 その表情は、牛を斬った天の表情は、やはり静かで、涼やかで、そしてたおやかだった。

 悔やむような、懐かしむような、恥ずかしむような。

 どこか遠くを望むように牛を真っ直ぐに見詰めており。

 全てを知り尽くした賢者のようで、同時に何も知らない童子のようだった。

 褪せた珊瑚色フェイデッドコーラルに染まるほど熱を放っていると言うのに、それでいて何処までも冷たく残酷で、無残で、なのに慈しむように微笑んでいる。


 それは永遠のようで、どうしようも無く一瞬だった。


 自らの視界に自らが流した赤い飛沫の一粒一粒を視認して漸く、牛は自分がやはり斬られたのだと知り。


「――――ははは」


 そして笑った。

 想い続けていた、願い続けていたことが、まるで叶ったかのような笑い声だった。


 ――どたり。


 どれだけそれを願っても、やはり終わる時はほんの一瞬だ。目を瞬かせるよりも早く、牛は事切れた。

 そんな牛を見下ろす天は、やおら自らの掌を持ち上げて見詰めた。刀は先程、牛の渾身の一撃で弾かれて消え去った筈だった。だと言うのに、そんなことも忘れて腕を振るったのだ。そう言えば刀を握っていなかったな、と気付いたのは、牛を斬り捨てた直後だった。だから不思議だったのだ。よくもまぁそんな状態で、この牛を斬り捨てることが出来たのが。

 だがそんな疑問も直ぐに消え去る、どうだって良くなる。


 もう、天には横たわったまま息をもうしていない牛のことを

 どうして彼とこうして交戦していたのかすらも、もう天の中からは消え去ってしまっていたのだ。

 ただ、きっとこの死体との交戦は、大事な大事な、例えば通過儀礼のようなものだったのだろうと独りで感嘆した。

 だから見詰めるために持ち上げた両手を合わせ、薄く目を閉じて祈りを捧げた。


 ――――どうか。次の生では、幸せになれますように。


「……天?」


 声を聞いて振り向いた天は、そこにいる殊理に

 だがやはり彼は彼女のこともまた覚えておらず――――そして、元の白い肌の色へと冷めていく彼の躯体に、大きな罅が入る――ぴしり、びきりと。


「天っ!?」

「これは――――拙いですね」


 だが天の表情は、そうなってもまだ静かで、穏やかで、たおやかなままだった。自らの身に起きた得体の知れない症状すら、どこか悔やむような、懐かしむような、それでいて恥ずかしいような神妙な面持ちで小首を傾げたと思うと――その場にぐしゃりと倒れた。


「天っ、天っ!!」


 慌てて駆け寄る殊理。しかし目を瞑った天はぴくりとも動かない。躯体のあちらこちらでは亀裂がこれでもかと駆け回り、どうしていいか分からない殊理を余所に、その症状は約15分後に収まり、今度は少しずつ修復されていく。

 そこで漸く瞳術で以て天の躯体を解析した殊理は、自己増殖を繰り返す機械細胞がその亀裂を含む天の躯体の損傷を埋めて行っているのだと察知した。


(生き、てる? 生きてる、よね?)


 躯体内の構造に殊理が見知った物は何一つとして無い。自らの生活を支える魔導義肢の構造すら殊理にとっては珍紛漢紛だ、そんな彼女に今の天に出来ることはとてもあるとは思えなかった。

 だが彼女は守られたのだ。

 この、天に――もしかしたらもう天では無いのかも知れないが――確かに、守られたのだ。

 その天に感謝を述べるなら。また、誠実に頭を下げるなら。何としても、起き上がるまで自分が今度は守り切らなければ、という思いに駆られた殊理は、自分の両頬を張って辺りを見渡すと、その目に宿る霊性で以て脅威の襲来が無いかを再確認した。

 ある筈が無い。何せもうこの世界は死んでいる。

 この世界の核を保有した魔女ですらもうこの世界にいないのだ、世界を存続させるための機能システムすらもう破綻してしまっている。


 だが、殊理は天の傍に腰を落ち着けると、何かあった際に直ぐに立ち上がれるように膝を立てて座る。魔導義肢は相変わらず規格の違いで身体に馴染んではいないが、幸い殊理は魔術士の卵だ。この世界の教育機関で魔術の訓練ならば嫌になる程行って来た。


 もしも異獣アダプテッド異骸アンデッドが来ようものなら、今は動けない天の代わりに自分が何とかしなければならない――自分の未熟さを呪っている場合では無い。


 だが心に決めた筈のその覚悟は、次の瞬間には脆く罅割れ剥がれ落ちる――驚愕する眼差しで、息を引き取った筈の牛が立ち上がったのを捉えたからだ。

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