夢・デマ・他愛・魔性⑦

 天の用いる居合いの太刀――つまり抜刀術は、その殆どが【神薙】かんなぎと名のついた一閃だ。

 横薙ぎに振われた白刃は大気を揺蕩う霊銀ミスリルを吸い、自らを長大に変形させながら遠く離れた敵をも断ち切る、凡そそのような斬術である。


 抜き放ってから振り抜くその刹那の短い時間の最中で刀身の長さに比例して重量を増すその斬撃は凶悪なまでの遠心力を吸収して絶大な威力へと変じる。

 一刀両断とはまさにその一太刀のためにあるような言葉であり、他の斬術に比べ威力と攻撃範囲に秀でているために天は攻撃の殆どを【神薙】かんなぎに頼っていた。


 だからこそ激突の瞬間、天は確かに【神薙】かんなぎを見舞おうとしていた。

 しかし加速の最中、自らの速度に反比例して緩やかになっていく世界の様相に「これでは駄目なのだ」と独り言ちた。


 構えたままで全く動かないように見えた牛の一太刀はある地点を過ぎたところでいきなり大きくなり。

 天はそこで漸く、先程の自らの危機感の正体がこれだと察した。


 故に。


 半ば抜き放っていた白刃に込める意味を即座に変え、【神薙】かんなぎではなく空間を断つことで無双の防御を為す【神緯】かんぬきを咄嗟に放ったのだ。

 しかしそれは全く遅かった。

 遅かったために、空間の断面に阻まれるよりも先に牛の刺突が天の胸を穿ち、そしてその直後に空間が牛の軍刀もろとも断たれたのだ。


 一撃の鋭さ、正確さは積み上げて来たものの差が確かに左右した。

 しかし一撃の強さと重さならば。

 人間を超えた存在であるヒトガタの勝ちだった。


 基部に重大な損傷を負った天が苦しみながら何とか立ち上がる間、牛は折れた軍刀に視線を落としてただただ呆然としていた。

 刀を杖にして自らを支える天はその様子を注視しながら自己分析を進める。


(――追加機能プラグインとの接触が希薄……しかし出力の低下は軽微、なら問題ない!)


 心で吼えると、未だ自失を続ける牛の隣を一足飛びで擦り抜けた天は呼吸を忘れた少女を抱え上げ、そして連れ去った。

 その状況把握を遅れて成し遂げた少女が慌てふためき素っ頓狂な声音を叫び上げた時。

 漸く牛は逃げられたことに気付いたが、しかし最早追い縋れる距離にはいなかった。


 無論。


 折れてしまった獲物で、あの手合いと渡り合えるつもりは無い。

 そして、折れてしまった愛器を、そのまま捨て置くこともまた、牛には出来なかったのだから。


「……ああ、そうか」


 もう影すら見えなくなった遠くから、視線を手に握る半分になった軍刀へと移ろわせた牛は、彼だけしか得られない納得を飲み込んだ。


「僕が半分になったから、……君も半分になったんだね」


 彼の語った彼自身の歴史が真実であるならば。

 牛は本来の彼の四分の一でしかない。

 元居た世界で死に、電脳遊戯ビデオゲームの世界で再臨を果たした時すでに、彼は彼の影だった。

 やがて今しがた折れた、彼の愛器が誕生すると、いつしか彼の影である彼はその刃の内に込められた。刃の内側から、いつか自分こそが光になるのだと、そう目論んでただただ機を伺っていた。

 時に、光である彼自身と対峙することもあった。度々あった。幾度もあった。

 だが結局、最終的に彼は彼の影であることを受け入れ、光になれないことに微笑みながら頷いた。


 そして。


 いくつもの光を絶やさないために、彼は影として、その世界そのものを断ち切ることを遂行した。

 彼が光と分かたれ半分になってしまったのはその時だ。

 を彼に預け、託し――そして自らはと刃を交え、世界ごと斬り伏せた。


 そうして崩れ行く世界の中、未練と後悔の渦に飲まれたままの彼は、やがてクルードに喚ばれる――悲しいかな、半分だけを。


 牛はある時、その軍刀そのものだったのだ。そして半分になってしまったからこそ、今ここで半分に断たれてしまったのだと。

 刺突に傾倒するが故に直線で構成されたその刀身が半分になってしまったその姿こそが現在のその軍刀のあるべき姿なのだと。


 そうでなければ――だが牛はそこから先を想起することを取り止めた。そこから先を考えてしまえば、自分が弱くなってしまった錯覚に囚われてしまうと察知したのだ。


「……半分になってしまっても、斬れないなんてことは無いんですよ」


 自らにそう言い聞かせるように呟き、再度天が少女を連れて去った明後日の方向へと鋭い視線を向ける。

 その瞳の奥に宿る熱情は、もはや彼本来の殺戮鬼としてのそれだ。

 人の形をしているものは全て斬ってしまいたいという歪みの成れの果てだ。


「死は解放……全ての痛み、苦しみ、嘆きから解き放たれる唯一の救い……」


 ぐにゃりと歪んだ口角を持ち上げ、決して笑っているように見えない破顔で牛は独り静かに追い縋る。

 そんな中、少女を抱え上げて連れ去った天は10キロメートルほどを駆け抜けた後で、可能な限り優しく少女の身体をやはり瓦礫ばかりの地面に下ろし、そのまま崩れ落ちた。


「えっ、あっ、あのっ、」


 少女はしどろもどろになるばかりで、だがそんな彼女の様子は天が虚勢を張る格好の理由になった。

 ぐぐぐ、ともどかしく身体を起こし立ち上がった天は、貫かれたというのにここまで人一人を抱えて全力疾走したことで発生した駆動系の不具合に心で歯噛みしながら、全くそうではない爽やかな笑みを少女に見せる。


「大丈夫ですよ、どうにかなります。……一先ず距離は開けました、彼の身体能力が賤方こなたに匹敵しているとは思いたくないですが……しかしここまで遠ざけたのですから、彼とて追いつくのに苦心する筈です。ああ、勿論賤方こなた達も逃げなければいけませんが」

「……あの」


 目の開き具合だけで問いを促した天に対し、少女はおどおどとしながらも唇を蠢かせた。


「こなた、って?」

「ああ――自分自身に対する呼び方と言いますか……貴女は貴女自身のことを、先ほど“私”と言いましたよね? 賤方こなたと言うのは、“貴方”に対する“こちら”と言うことです」


 手振りを交えての説明は少女に合点を齎す。

 少女の天に対する印象は第一印象の“恐怖”から“死という救い?”へと転じ、そしてこの時点でさらにそれは“何だか変な人”に収まった。


賤方こなたからも質問、よろしいでしょうか?」

「え? あ、は、はい……」


 本当に訊きたいことはそんなことじゃ無かった。しかし何故か気後れしてしまい、当たり障りの無い質問で場の茶を濁してしまった少女は、その本当にしたい質問を挟む機を逸してしまったといえる。

 そして天から繰り出された質問とは、少女の格好――彼女がその身に纏う衣服に関するものだった。



 * * *

※誤りがあり、この⑦の部分を抜かしたまま⑧を⑦として公開しておりました……

 ⑥と⑦とで繋がりが無かったことに「??」と思った方、誠に申し訳ございませんでした。

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