無窮の熕型⑮
夜が明けるまで、ノヱルはただただ亡き祖国の未来の姿を目を通じて
災禍の爪痕が未だ深く残る街並みは、しかし至る所で既に復興を目指して逞しく生きようとしている。きっとあの元王と現王があのような人物たちだからなのだろう、この国の民は強いなと感嘆し、ただただ街並みに溶け込んだ歯車の機構が回転する様を眺め続けていた。
夜が明け、やがてヴァンが目をぱちくりと起き上がると、最後の日だからと別れを惜しんで遊びに付き合った。
コーニィドは既に時計塔へと向かった後であり、妻であるレンカも今ではすっかりノヱルのことを信頼してくれて――いや、彼女は最初からそうだった。夫であるコーニィドに絶大な信頼を寄せているからこそ、また自分の目で実際に確かめたノヱルに愛息を預けても大丈夫だと言う確信を得ていた。
「のゑるー、たたかいしよー」
「ああ、いいだろう。此度の魔王は手強いぞ?」
「うるせぇーっ! かしゃー、ぱーみっしょーんっ!」
紙を丸めただけの棒状の武器をぶんぶんと振り回すヴァン。その拙い剣戟を躱し、時には受け、しかし最後には確りずんばらりんと斬られて終わる。
「まだ、まだ――己れが滅びても、また次の魔王が――」
「えーい、やられろー」
「おい、ヴァン、己れがまだ死に口上喋ってるだろ」
子供と言うのは容赦が無いものだ。しかしまだ三歳だと言うのに今からこの気概では先が楽しみだと、ばしばしと自らを叩き続ける笑顔の英雄候補生にノヱルは微笑んだ。
「怒ったぞぉ! 貴様ぁ、いくら何でも叩きすぎだぁ!」
「うわー、まおーがおこったー!」
「第二ラウンドだ! 次は己れも容赦などせん!」
「まけるかー!てやぁーっ!」
「ぐはーっ!」
そして遂に、その時は来る。
準備を整え終えたコーニィドが空間を跳躍して迎えに来ると、ヴァンは途端に泣き出した。
ノヱルから聞いていた、遠くに行くからもう会えなくなるという言葉の真実味が増したことで、まだ幼い彼にはとても言語化できない不安に囚われてしまったのだ。
窘めるコーニィドとレンカの夫妻の間に割り込んだノヱルは、ぐずったまま泣き止む気配を見せないヴァンに問う。
「……お父さんみたいな強い人にはまだなれなそうだな」
「ぐっ、ずずっ、ぐぶ、ぶっ……なる」
涙込み上げる目頭と嗚咽込み上げる喉を力任せに締め上げ、腹に精一杯の力を込めたヴァン。その様子に、またもノヱルの目頭が熱くなった。
ああ、本当に――コーニィドは嫌な改造を施してくれたものだ。心の中で呟き、強くあろうとするヴァンの頭に手をぽんと置く。
「……もう会えない?」
いつまでも力を込めていられるわけが無い。落涙と嗚咽を再発させぐずり上げるヴァンの頭を撫でながら、ノヱルはただただ困った表情を見せた。彼にはこういう時、どのように答えればいいかが判らなかったのだ。
泣き止んで欲しいから「また会える」と言ってしまえばきっと嘘になる。彼に対しては誠実でありたい。だが、「もう会えない」と言ってしまえばそれは辛辣な宣告になる。
どうすればいいか逡巡したノヱルは、だからこそ「未来のことは判らない」と告げた。
「己れはきっと、君に会いには戻って来れないと思う」
「……ぶぇ、うぇ……」
「でも、君はきっとそうじゃない。お父さんみたく強く賢くなって、時を操れる魔術を修めれば……君は、己れに会いに時を遡って来ることが出来る。君がそうなるかは判らない。でも、可能性が無いわけじゃない。解るか?」
「ぶ、ずずっ……ぶん……っばがる」
「君の未来だ。君の行きたい道を行け」
「ばがっだ。……ずんっ」
「……さよなら、ヴァン」
「……ざ、ざよだら、どえる」
最後に、その小さな身体をぎゅっと抱き締めた。
出来ることなら、彼が泣き止んでくれるまでそうしていたかった。それほどまでに、ノヱルは彼の事を愛らしい存在だともう認めてしまった。
でも、強さを期待するならそうしてはいけなかった。別れはいつだって訪れる。意外なほどに唐突に、思いの外強情に。
でもそれは、乗り越えるべき試練とするならまだ低い壁だ。三歳のヴァンは躓くだろう。でも必ず跨ぎ超えて行ける。
いつか。
いつかもし本当に彼が時を遡って過去の時代へと自分に会いに来てくれるならば――
別れを告げ、送り出された時の狭間で。ノヱルはそんな淡い期待を寄せる自分自身に少し驚いた。
(……コーニィド、ありがとう。この時代で遭えたのがあんたで良かった)
◆
Ⅶ;
-X-Caliber-
――――――――――fin.
◆
『おとうさん、ぼく、じかんをあやつるまじゅちゅしになる!』
「――だってさ。いやぁ、うちの息子は三歳だってのに未来を見据えててマジ偉いよなぁ」
「局長、親馬鹿っぷりもほどほどにして手を動かして下さいね?」
開発局。アッシュとブランとチェリッシュの三人と共に、かつてノヱルを解体したり解析したり改造したりした作業部屋にて作業を進めるコーニィドは、でれついた表情をアッシュに窘められる。
「躯体の図面はこれでいいですか?」
「おし、ばっちりじゃないか?」
ブランが引いた図面はこと細やかで、基本の
「よし、じゃあ素体作りから行ってみようか。アッシュは俺と一緒に
「「「はいっ!」」」
未だ復興の最中、しかし
それは遙か過去、存在したと言われる、“人型戦略支援躯体”または“人型自律代働躯体”――通称“ヒトガタ”と呼ばれた機械人形だ。
この国に偶然若しくは運命的に漂着したヒトガタ、ノヱルを解析して得た知識を、自らだけの手で再現できるかどうか。その一歩目を踏み出したのだ。
蹂躙され傷ついた国。しかし今だけのために生きるわけじゃない。ちゃんと未来も目指さなければ、いつか停滞に甘えてしまうことになる。
「
「
「おっけー。アッシュ、
「「「はいっ!」」」
組み上がった素体は、
頭部にはまだ
「よし、第一段階はクリアだな」
「ただ、ちょっとバランス悪そうですね」
「重心の計算がおかしかったかな?」
「まぁ間違えればまたやり直せばいいさ。大丈夫、完成品を俺たちは間近で見て来ただろ?」
「「「はいっ!」」」
彼らは進む。
前に踏み出せば前に進めのだから。歯車を回せば、機構は仕事をするのだから。
時には疲れて立ち止まる時もあるだろう。噛み合わなくなった歯車が空転するように。
だが休めばまた歩き出す。直せばまた回り出すように。
未来は、一秒先にもうある。過去が、一秒前にあったように。歴史はそれを繰り返し、ただただ記録を綴り続ける。
その遙か過去――三世紀ほど遡って辿り着いたその場所で。
「悪かったよ。お前は山犬が言うには世界を滅ぼそうだなんて悪い奴じゃ無いみたいだし……本当に、悪かった」
「い、いえ……あたしは確かに、その気になればそれが出来る存在ですから……」
山犬に糾弾されたノヱルは冥に謝罪をし、冥もまたそれを受け入れた。
「で、他の奴らは? エディはどうした?」
「エディきゅんはね、別行動だよ。聖天教の総本山の前で落ち合うの」
ガークスら本隊と合流したノヱル達は、現在の彼ら
「天は?」
「天ちゃんは……まだ」
「……そうか。最悪、あいつ抜きで渡らなきゃいけないわけだ」
それ以上は言及せず、ノヱルは再び取り出した
「え、何するの?」
「何って……
そして
「――
そして放たれた光弾は空中で翻り、ノヱルと山犬、冥とそしてガークスの四人の身体を穿った。
しかし着弾と同時に弾けた光が彼らの身体を包み込むと、その身体は光の粒子へと分解され、極彩色の渦巻く空間の狭間にその身を転送したのだ。
進む先は無論、サントゥワリオ神聖国の中枢に位置する聖天教の総本山、サントゥワリオ大聖堂だ。
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