異ノ血の異ノ理⑫
「俺じゃ無ければいけない。レヲンでも、ガークス支部長でも、他の誰でも無い、俺じゃなきゃ……じゃないと、この先一緒に戦って行けない。ノヱルさんや天さんや、山犬や冥、……レヲンと、一緒に戦えない」
だから、と。
目を瞑り、意識を深く自らの奥底へと潜らせるエディ――そしてその意識の向こう側に、自らの身体の境界線があり。
交わった境界線の向こう側に、聖剣の魂が確かに存在しているのを霊覚した。
今、輪郭という境界線で阻まれてはいるものの、エディと聖剣は
そして繋がった先に見た聖剣の姿は――ドス黒く変色した鎖で雁字搦めに縛られていた。
『……ヤメテ。ワタシヲ、ミナイデ』
「――!?」
確かにこちらを見た。
聖剣の中に存在する、その少女の魂が、エディを見たのだ。剰え、言葉を投げたのだ。
「……どうして?」
しかしそれ以上は何も言わず、急速に意識を戻されたエディ。
目を開いて握り締めた鞘に視線を投じると――しかし何も変わってなどいない。
ただそれを握り締める手はびっしょりと汗を滲ませており、衣服もまたぐっしょりと濡れている。
(あれだけの時間で……こんなに汗を掻いたのか?)
でも、と。
エディは鞘を机の上に丁寧に置き、そして踵を返して部屋を出る――シャワーを浴びるためだ。
(……繋がることが出来た。聖剣の奥に、あの子がいるってことも分かった。大いなる前進だ)
決して気分の良い邂逅では無かった。しかし繋がれたのなら。意思が通じたのなら。
(抜ける筈だ――)
エディはそう確信し、ぐっと奥歯を噛み締めた。
冷えた夜だと言うのに浴びた水は敢えて冷たくした。だがその冷水は気持ち良いものだった。
◆
一方レヲンの部屋を訪ねた山犬と冥は、クルードのみを呼び出せるかどうかを率直に訊く。
目的は勿論、冥の身体を改造できるかどうか、だ。しかしその問いにレヲンは苦い顔をする。
「うーんと……出来る、とは思う。でも」
「「でも?」」
レヲンの懸念は、
一応やってみたはいいものの、やはり現れた
「駄目か……」
「ごめんね、冥ちゃん……」
冥もだが、山犬もまた表情を曇らせていた。
冥のパワーアップが見込めないということは、二基の戦場での関係は変わらない、ということだ。
これではまた、山犬に庇われながら戦う羽目になる――いちいち気遣いをしながら、どうやって存分に攻勢に回れると言うのか。冥は嘆息し、その様子にレヲンも歯痒くなった。
だが、レヲンの胸には何かしらの引っ掛かりがあった。
改めて自らの術――
ノヱルが施した
そしてそれは
エーデルワイスも同様だ。彼女の剣技と魔術を凝縮した機構大剣
クルード・ソルニフォラスを擁したのは
「あっ」
「「えっ?」」
「出来る、かも知れない……冥ちゃんの改造、出来ると思う!」
顔を見合わせて首を傾げる山犬と冥を余所に、展開したクルードを引っ込めて、改めてレヲンは
そして目を瞑って集中するレヲンの目の前でパリパリと紫電が拡散し――やがてその空間に、一振りの杖が現れた。
それは何とも奇怪な――それでいて機械な杖だった。
通常宝玉などの魔術を増幅するための装飾があるべき杖の先端にはまるで天球儀のような、いくつかの歯車で構成された機構が備わっており。
レヲンの体躯と同等、いや僅かに長い柄は仄かに太く、ぎっちりと何かが詰まっているような重みを感じた。
「
具象化し宙にふわりと浮く杖はレヲンの手の操作によって床に立ち、その意思に従って柄に内蔵されていた
知識と技術はすでに杖の使い手であるレヲンの脳に共有された。今やレヲンは、稀代のヒトガタ製作者であったクルード・ソルニフォラスと同じである。その杖を展開している限り、そして材料が間に合っている限り、彼女に創れないヒトガタは無く、また彼女に修復・改造できないヒトガタは無い。
「じゃあ、お願い。あたしを強くしてほしい」
「うん、でも……強くする、って、どう強くなりたいの?」
「それは……」
ちらりと横目で山犬を見る冥。
「お姉ちゃんに、庇われないくらい」
「それなら、多分山犬ちゃんを改造した方が早いよ」
「「えっ?」」
「きっと冥ちゃんがどれだけ強くなっても、山犬ちゃんは冥ちゃんのことを心配すると思う」
冥は思わず山犬を見遣った。山犬は「何となくそうかもしれない」と言いたげな顔で見詰める視線に自らのを交差させる。
「山犬ちゃんは元々孤児院を経営する、保育士さんって言うか、保護者だから。だから……冥ちゃんのこともそうだし、たぶんあたしのことも、守りたいって思うと思う」
「……そっか」
元より山犬は、ノヱル・天牛・山犬という三基にあっては防衛を役割とするように
あらゆる攻撃をその身に喰らい、あらゆる襲撃をその身に引き付ける。
攻撃を担うのは天牛であり、調整を施すのがノヱルの役割だ。だから、山犬の根幹にはそもそも“守りたい”という衝動があり、それを十全に発揮するのが
「ああ、そっか」
「え、何?」
そこで冥もまた、気が付いた。確かめるようにレヲンに視線を向けると、クルードから知識を得たレヲンは躊躇いがちに弱く頷く。山犬だけがその二人の遣り取りに疑問符を頭上に浮かべている。
「……あたしが、守るべき立場じゃ無いんだね」
またも弱く頷くレヲン。冥は気の抜けた溜息を吐いて、きょとんとする山犬の頭を柔らかく撫でた。
そもそも、冥という四基目は当初の勘定に入っていない。
役割や能力が競合するのも当然だ。何故なら冥だけは、単体で運用されることを前提に
そして彼女の固有の魔術
「正直な話、冥ちゃんは……そもそも、戦士じゃなくて」
「ああ、うん。分かってる、あたしは戦士じゃなくて無差別大量破壊兵器。それは、分かってる」
「うん……」
「でも、使ったら世界を滅ぼしかねない力なんて、使うわけには行かないでしょ? だから……その力には頼りたく無いの。あたしは戦士じゃないけれど、でも一緒に戦うって決めた以上、足手纏いになんかはなりたくない。それだけは絶対に嫌だ。庇われながら戦うなんて、最初からいない方がマシだって思う」
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