異ノ血の異ノ理⑧

「分かりました――いざ」

「おう、来い――!」


 そして剣戟はぶつかり合う。鋼と鋼は衝突し、火花を散らす。

 袈裟には逆袈裟を、唐竹には切り上げを、横薙ぎには横薙ぎを――それはまるで、未来が見据えているかのようで。


「――どうした、小僧?」

「いえ……行きますっ!」


 跳び退いて距離を取ったエディは、担ぐようにして構えた剣を両手で握って振り下ろす。

 しかしやはりその剣閃に、真っ向から返すウィリアム。


(なら、これはどうだ!?)


 エディは身体から力を抜き、翻弄するようにジグザグに短い跳躍を繰り返す。対して初期位置から動かないウィリアムは顔の振りだけでエディを捉えている。


「ぜぁっ!」

「ふんっ!」


 倒れるほど低く大きな踏み込みからの切り上げ。

 跳び退きながら振り下ろす強襲。

 横薙ぎに合わせて繰り出す回し蹴り。


 ――だがやはり、その全てが見透かされ、合わされている。


「そんなものか?」

「いえ、全然っ!」


 だとしても、もしも天使の力が未来視だったとしても――やはりそんな力は分不相応だ。

 エディは未練を断ち切り、自らの全てを出し切るつもりでウィリアムへと挑む。


 かつての剣の師であるエーデルワイスから受け継いだ、


 剣に執着せず、拳や蹴り、将又はたまた身体全体を武器として考えること。

 勝ちに執着せず、負けでも何かを学べるようあらゆる事象を逃さず見詰めること。

 命に執着せず、死を覚悟して挑むこと。


「がぁ――っ!」


 丸い刃の切っ先が喉を衝く。堪らず後方へと吹き飛んだエディは、しかしそうしながら渾身の力で剣を


「!?」


 咄嗟にそれを弾き飛ばしたウィリアムに、漸く隙が生まれる――そう、未来視等では無い、天使の力などでは無いのだ。

 ただ卓越した洞察力、予知に近い精度の行動予測。

 それを確認したエディは寧ろここからだと直ぐに立ち上がり、無手のまま低く突進をする。


 それを嫌うように振り上げられた下方からの一閃を顎に受け――首を捻って流したエディの双腕がウィリアムの両脚を刈った。


「ぐぅっ!?」


 溜まらず芝の地面に背中から落ちたウィリアム。こうも密着しては、剣技はもはや意味を為さない。

 その身体に馬乗りになったエディは血の滲んだ口の端を持ち上げ、拳を突き上げた。


「――俺の勝ち、ですかね」

「いや、まだ俺は負けていない」


 言うや、ウィリアムは剣を。顎を捉えようと放たれた右の鉤突きフックを上体を反らして躱したエディだったが、しかしその上体をウィリアムの両脚が掴んで倒す。


「形勢逆転だな、少年」

「まだですよ!」


 先程とは逆の体勢となった両者は互いに笑い合う。それを見守るミリアムとレヲンは、逆に苦く渋い表情を先程から続けている。


 打ち据えようと拳を振り上げた一瞬を見極めてブリッジの要領でウィリアムを跳ね飛ばしたエディは横に転がって膝を立て身体を起こす。

 ウィリアムはまだ背を地面に着けている――だが肉薄しようと踏み出した足は地平を薙ぐような蹴りで刈られる。


 再度、地を這う二人の攻防が続く。掴み、引き寄せ、乗り上がり、それを阻むために身を捩って腕を脚を振るう。

 剣を手放した二人の攻防は一進一退。さながら子供の喧嘩のようで、しかし技巧の鬩ぎあいでもある。傍観するミリアムとレヲンは息を飲むばかりだ。

 そして一時間近くの取っ組み合いは両者を疲弊させ、最終的には二人ともが芝の地面に身体を横たえ、同時に気絶するという壮絶な結びで終わった。



   ◆



「ウィリアム様。いくら私のような治療術士がいるとは言え、」

「ああもう、分かっている!」


 宅付きの治療術士に手当と同時に叱責を喰らうウィリアムだったが、それは対面のエディも同じだった。

 訪問の約束を取り付け参じただけのあくまで客人に過ぎない身分だ。いや寧ろ、身分の話をすれば格はウィリアムの方が高い。

 それを、誘われたとは言えああも必死に打ち付け打ち据えたのだ。どっちもどっちという見方はあるが、エディは二つの意味で頭が痛かった。


「そんな顔をするな。拳を交わすことでしか解らんこともある」

「ウィリアム様」


 口の端を赤く滲ませた美丈夫が不敵に笑む。


「天使の力は要らんと言ったな。だが此度の目的は天使の力だろう?」


 睨み付けるような眼差しだ。だからこそエディは強く一つ頷いた。


「ウィリアム様はその力を知っておいでですか?」

「当たり前だ。だが、使えたためしは無い」

「それは、どういう……?」

「言葉通りの意味だ――来い。見せてやる」

「え?」


 突如立ち上がったウィリアムの言動に付いていけないエディ。まさかこの展開は予測していなかったのだ。


「どうした? 手ぶらで帰るつもりか?」

「いえ、いき、行きますっ」


 慌てて立ち上がると、すでにミリアムとレヲンは隣に立っていた。歯噛みし、こんなことでは行けないと自らを叱責する声を胸の内に轟かせ、エディはウィリアムの背を追う。


 マイヤー家の邸宅は見事と言わざるを得ない、広々としたものだった。流石に城、とまでは行かないが、ちょっとした要塞程度の大きさなら有しているかもしれない。

 豪華、華美、絢爛。そういった修辞句の相応しい調度品の数々と、しかしそれでいて調和のとれた内装。蝶番は一つとして軋む物は無く、見る限り手入れは行き届いている。そしてそれは、数多くすれ違う使用人も同じだ。礼節が徹底されている。


「ここだ」


 複雑に折れ曲がり、何度も扉を潜り、赴いた先は宝物庫だった。

 両開きの重厚な扉は魔術により十分すぎるほどに施錠されている。


「待ってろ。これは流石に、マイヤー家の血が必要だ」


 掌に霊銀ミスリルを集め、それに伴って光が灯る。

 青白く発光する手で扉の中心に触れると、葉脈が拡がるように掌から光が移り扉全体に行き渡る。

 扉の向こう側でガコン、と何かが動く音が鳴った。次いで、ガチンガチンと重く大きな歯車が噛み合い軋み合う回転音も。

 そしてその音ともに、両開きの扉が宝物庫の奥の方向へと勝手に開き放たれる。エディもレヲンもミリアムでさえも、その機構に目を見開いて感嘆した。


 それは、広い蔵の中心に居座り、ただただ誰かを待っているように思えた。

 いや、眠りこけているのかもしれない。もう二度と働きたくないと、そんな風にも見えた。


「これが……天使の、力?」

「そうだ――――このこそ、マイヤー家に伝わる……かつて“空の王”アクロリクスと呼ばれた異形の王を討ったとされる英雄、フラマーズ・マイヤーの用いていた聖剣」


 それは、華美な装飾が鏤められた鞘に納まった、一振りの剣だった。

 片手でも両手でも扱える長さ。許可を得て鞘ごと持ち上げてみたが、重くも軽くも無く、どうしてだかしっくりと手に馴染む。


「抜いてみろ」

「はい……」


 言われるままに、エディは柄と鞘を力強く握り締めて引き抜こうとした。だがビクともしない。

 錆び付いているのとは違う、拒絶されているような感触が掌に拡がる。何度やってもそれは変わらず、気が付けば額に薄っすらと汗が滲み、息を肩でしていた。


「駄目だろ?」

「はい……あ、もしかして……」


 ウィリアムが頷く。


「そうだ。マイヤーの血を引く正当な後継者である俺ですら抜けない。俺どころか、フラマーズ・マイヤーの後、この剣を引き抜くことが出来た者はいなかった。もう誰にも使えない力だ……そんなもの、誰に貸し付けることが出来る?」


 今一度エディは鞘に納まった聖剣を見遣る。

 魔術で保護されているのだろう、その装飾の華々しさ、雄大さは何一つ失われていない。だと言うのに、その剣を引き抜くことが出来ない。


「フラマーズ・マイヤーがその剣で以て首を刎ねた“空の王”アクロリクスは、かつてフラマーズの親友だったとも記されている」

「えっ?」

「先祖代々の手記には、その剣は親友を刎ねた際の血が呪いとともに凝り固まり、二度と抜けないようになってしまったとか――馬鹿げているとは思うが、あながち与太話では無いのかもな」

「……この剣の、名前は?」

「銘は失われて久しい。抜けば判るんだろうが……何しろ、そのザマだ」

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