喰み出した野獣、刃乱した除者㉔
そして上空におけるもう一つの交戦もまた、佳境を迎えていた。
再三の妨害を受けつつも余裕の表情で迎撃する天牛を乗せた紅の巨獣は漸くその脚を檣楼の元へと届かせ、天牛がふわりと降り立った後でその身は黒く小さく移り変わる。
あらゆる攻撃を無効化し全てを喰らう
「お待たせぇっ! じゃあ、もっといっぱい気持ちよくして? エロくて、エモくて、とっっっても――エグいこと」
すると鐘楼を取り囲むように四散していた紅蓮の蝗達が黒い山犬へと飛び込んだ。
その皮膚に張り付いて食い散らかそうと殺到した紅き軍勢は、しかし山犬に触れた側から分解され吸収されていく。
「ナンダトッ!?」
羽音で作り上げた音声すらも溶け込まれてしまい、
全体の三割を奪われたところで漸く身を翻し、空中で赤い天使へと戻った
刀である牛と使用者である天とがひとつに融合した形である天牛は、居合という形でしか振るえない天と異なり、逆に一度抜いたならその蒼刃を鞘へと納めない。
一見出鱈目に見える乱閃は刀身を無尽蔵に歪め、そして蒼い斬痕は斬り付けた空間を破断する。
そして
「ふふ、どうしましたか? 苛々した表情をしておいでですが?」
「煩いっ!」
再度その身を雷光へと変異させ、一度大きく鐘楼の右側へと飛び出し、そこから急角度の猛進を見せた
動きとしては一振りだが、
そしていくら光の速度で身を躱すとは言え、
「出せっ! 何だよ、コレっ!?」
四方八方の空間が絶たれ、その場所は一時的に隔離された孤島となった。光も音も伝搬されないため
「さて――お終いです」
天牛は鐘楼塔のさらに天井の尖塔部分へと跳び上がると、刀を大きく振り上げた。蒼い刀身は周辺の
そのタイミングを見極めること等、天牛にとっては実に容易い――当然だ、彼が齎した破断なのだから。
だから、断たれた空間が再び繋がり、
「さようなら」
周囲の空間を含めて全てを圧し潰すような斬撃は、少年天使の身を光ではなく炎へと散らした。
黒く焦げた
「グウウッ!?」
彼の攻撃は全てその身を紅蓮の蝗へと分散して喰らい尽くすというもの。
蝗害というのは怖ろしい。あの小さな羽虫が群れ成して飛び交い、豊穣な草地をあっという間に荒野へと食い尽くすのだ。
しかし“食い尽くす”では“貪り尽くす”には到底及ばない――身を赤から黒へと移ろわせた山犬の
肥沃な大地を荒野へと食い変える蝗すら消費し尽くすのが人間だ。
だから紅蓮の蝗は飛び交う度に山犬に捕食され、
「ねぇ、もっとちょうだい? もっと、もっといっぱい、いっっっぱぁぁぁい欲しいなぁ?」
小柄で可愛らしい少女に過ぎない現状の山犬。だが、その黒い表皮は全て
「バカナ、ドウナッテイル!? ナゼ、ナゼコノオレガ――」
本来であれば蹂躙は彼の特権だった。しかし両者の相性は最悪だ。
いや、山犬の性能こそが最悪なのだ。それを目の当たりにした
幸い、この上空にはすぐ傍に開きっぱなしの
「――
空間を破断する蒼刃は繋げられた二点を再び分かった。
天もまた、その白刃に魔性を宿す
そしてもう一つは、空間を断つ一撃であること。これに関して言えば天および天牛の
今、フリュドリィス
天牛の繰り出す無尽の剣閃が、蝗の軍勢の一匹一匹を斬り落とし、瞬時のうちに幾万のそれらを炎へと散らしたのだ。
「ふふ――山犬、降りれますか?」
「うーんとねぇ……出来ればここで寝てたいかなー? ちょっとお腹いっぱい過ぎて気持ち悪い……」
「ふふふ、下もどうやら落ち着いたようですし。では暫く休んでいなさい」
「うーん、わかったー」
山犬は天のことを好んではいないが、天と牛とが融合した形である天牛に対してはその気持ちも半分になった。
無論、弱り切ってしまっている現在の状態では強い口も叩けず、しなしなとへたり込んだ山犬は何処か意気揚々と飛び降りたその背中を見送り、そして目を閉じた。
◆
「
それはどこか古ぼけた、長い砲身を持つ一振りの小銃だった。
形としてはやや小振りな
イェセロおよびフリュドリィス
悪魔が齎した銃により撃ち出された弾丸は、あらゆる障害を貫いて必ず対象に命中すると言う――代わりに、悪魔はその銃の
ならばそれを、悪魔が引いたなら?
「ふはははは! 最後の一撃もワタシを葬るには至りませんでしたね! 葬る銃とは名ばかりの――」
拡散した水蒸気が再び集まり青い天使を形作ったかと思えば飛び出してくる嘲りの声。
しかしその声も、眼前にて新たなる銃を構える白い悪魔の姿を見て留まる。
「ごちゃごちゃ煩ぇんだよ――」
レバーアクションによる装填が終わり、ノヱルの右手の人差し指がゆっくりと
気が付けば眼前の景色は全て白と黒、その境界を埋め尽くす灰色だ。
しかし生まれ落ちてから日の浅い彼の記憶はおろか、
「――
音声までも緩慢に延長する中で、しかしその言葉だけがはっきりと脳に響き渡る。
次いで発せられる発砲音も。
だがいくら待てども弾丸は訪れない。それどころか、砲身から飛び出た様子すら無い。
それもその筈だ――
はるか遠く深い水底に位置する
その事実を
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