喰み出した野獣、刃乱した除者⑲
――何というお笑い種か。
天牛となった躯体の内側で、天の思考と分かたれた牛の思考が嘲笑う。
――貴様の図りに興じてみた結果が此れか。
天の図りとはつまり、
そして結果とは、その力も技も及ばず、こうして三体の
――……返す言葉など無い。
――やはり貴様に我は荷が重い。……しかしこの状態では我とて何も出来ん。
天とはその躯体の内側に込められた魂であり、そして牛とは天の振るう刀の内側に込められた魂である。
両方が揃って漸くの
しかしそれだけではない。
そしてそのもう一つの要因は、毒であったが薬となった。
襲撃の際に貫かれた腹部を補修するために施された山犬の
天牛としての本来の出力の八割にも満たなかっただろう。
しかし山犬の
王城のエントランスホールは破壊の痕を刻まれても尚頑丈さを保っている。斬られ、裂かれ、割られ、穿たれ、削られても――
うぞうぞと蛆が蠢く如く、躯体内の破損個所を覆ってはその内に溢れ、埋め尽くしていく何とも言えない感触に苛まれながら天は牛とともに此度の交戦についてを思い返す。
「ソラ、着クゾ」
紅蓮の蝗の群れとなって天を運ぶ
先行する
そのまま三体と一基は王城へと飛翔すると、開け放たれていた城門を潜ってエントランスホールへと辿り着き、その吹き抜けとなった大きな広間に降り立ったーー天が動いたのはその瞬間だった。
「んぉ?」
「ほう」
「ふふ」
飛び上がっている最中より
そして抜き身となったメタリックブルーの刀身を引き延ばして腕が千切れんほどの速度と頻度で無数にも届き得る程の斬撃を放った。
それは前述の山犬の
しかし
同様に、
形を崩すものでしかない一撃は、定形を持たぬ相手には分が悪い。
「――うふ」
「薄ら笑いの気持ち悪い奴ですね」
「何だよ、やりゃあ出来るんじゃねぇか」
「あのエロいお姉ちゃんよりは強いかなぁ?」
天牛の剣閃は天の状態の時よりも速いが、流石に超えられて音速。とてもじゃないが光の速度を凌駕することは出来ない。
スティヴァリの集会所屋上での交戦で
劈く光と音に気を取られ、気が付けば足元は水に捉われ、ちくちくと蝗の群れに蹂躙され――最終的には
「うーん、何だろう……こう――役不足ってやつ?」
「それはどっちだ? オレたちか? ソイツか?」
「カレの場合は誤用ですね。ワタシたちに使うならいいんですが」
そうして三体は
その様子を仰ぎ見ていた天と牛は、壊れて動かない躯体の中で問答を繰り返す。
この場所へと降り立つまでに苦心して牛を説得し、天牛としての躯体の制御権を譲ってもらったのにも関わらず、このような結果をしか生み出せなかった天を牛は大いに嘲笑った。
返す言葉は無い。
言い訳をするつもりは毛頭無い。
それでも悔しさが無いと言えば嘘になった。
それでも虚しさが無いと言えば嘘になった。
格上と言わざるを得ない相手、数の不利。それでも独りで戦った。
それは、独りで勝ちたかったからだ。
山犬にも調査団にも
無様だ。
滑稽だ。
愚鈍だ。
――だから貴様には荷が重いと言うのだ。……まぁいい。どうせ奴らには我らをどうにかしたいという欲求は無い。あの山犬とやらが到着するのを待ち侘びる他ない。それまで暫く、次の交戦に備えろ。
――煩い。言われなくてもそうしますよ。
うぞうぞと蠢き増殖を繰り返す山犬の
◆
「サテト。ンデ? 連レテ来テかラハどウスるンだッたか?」
鐘楼塔の頂点に開いた
「どうもこうも無いですよ。ワタシたちはただ連れてくるだけ、おびき寄せるだけ――その後のことは知りません」
「そうなのか?」
「
間の抜けた回答に納得した
「ワタシの目算では、彼ら“神殺し”の不届き者たちがこの王城に辿り着くのは早くてもあと二日はかかります。それまではゆっくりのんびりするのがいいと思うのですが」
「さんせーさんせー!」
「そうだな、何せ産み落とされてからずっと働き詰めだったもんなぁ」
わざとらしく首を傾げて肩をゴキゴキと鳴らす
「何言ってんだか。ボクたち、生まれてからまだ三日も経ってないじゃん」
「ふふ、そうですよ
「いやぁさ、一度言ってみたかったんだよな」
「えー、それ人間の真似ってやつ? だっさぁ!」
「やっぱそう思うか? ははは!」
「ふふふ……さて。これから忙しくなりますよ? のんびりまったり、新たなる
極彩色の渦を覗かせる
そして彼らは笑いあったまま、異なる座標へと空間を繋ぐその裂け目へと消えて行った。
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