喰み出した野獣、刃乱した除者⑯
しかしルピは知っていた。
カエリは本来の、
言及は
どうやらクルードもそれを承知していることは分かったが、彼が問い詰めないのはそう指示をしたからなのか、それとも容認なのか諦めなのか判断もつかない。
「……あいつにも、あいつの考えがある」
「え?」
しかし堪ったばかりでは不調を抱きかねない。だからルピは子供たちの寝静まった夜深く、偶々帰宅していたレヲンに胸の内を晒した。
そしてレヲンから帰ってきた言葉がそれだ。ルピはまさか彼がカエリを庇うような言動を取るとは思っていなかったから吃驚した。きっと自分に共感して貰えると、そう思っていたのだ。
「カエリは自由奔放に見えるかもしれない。なまじ高性能過ぎる機械は創造主の目的に沿わない動きをすることがある。だが長い目で見ればそっちの方が合理的・効率的だってこともある。金を稼いでいるのは本当だ。その金は勿論
「……でも、与えられた役割を超えて行動を重ねるのは、
「それこそ
「……それは、……そうだけど……」
その小さな頭にぽん、と手が置かれた。レヲンの手は大きく、どこか安心感のある手だとルピには映った。
「大丈夫。もうすぐ冬が来る。そうなれば俺は狩りに行く頻度も落ちる。お前の手伝いも、あいつの分まで出来るようになるさ」
そう言われて、漸くルピは自分が何故カエリに腹を立てているのかを思い知った。
彼女は、自分と同じく孤児院にいるべきカエリが、自分の判断で外に出て行くということが我慢ならなかったのだ。それはつまり、自分のすべきことを押し付けられている、という風に考えてしまっていたことに気付いたのだ。
きっと本来はそうじゃない。
カエリがルピを手伝うのは、指示もあるがあくまで善意だ。孤児院における管理はルピに与えられた役割であり、カエリの役割ではない。
はっと気付いた時、見上げた双眸にレヲンの穏やかな表情が飛び込んできた。
カエリに腹を立てる以上に、そんな自分を恥ずかしいと感じた。
「……レヲン、ありがとう。ルピ、もうちょっと頑張ってみるね」
「無理はするなよ。今おしゃかになって一番困るのはお前だからな」
「うん、大丈夫。疲れた時は甘えるから」
「ああ」
本来疲れない筈の彼らだ。レヲンはその気丈さに、再びその小さな頭を撫でた。
冬に入り、カエリの外出はその頻度をますます増した。
ルピにその本意は解らない。だがクルードが何も言わない以上、これまで通り言及はせず、手の空くことが多くなったレヲンに手伝ってもらいながら子供たちの教育と印の管理を全うした。
カエリはよく、冗談を零したり、事をはぐらかすということが多かった。孤児たちに対しては彼らを護る立場を崩さず、アルトへの剣捌きの伝授も確りとやっていた。
だが特に女の子たちとままごとに興じている時の彼の言動はあまりにも大人過ぎた。それでは彼女たちが変なことを覚えてしまうのではないかとルピは気に障り、結局深夜にそのことについて問い質してしまった。
「カエリ。君の言動は、最近とても良くない」
「……そうですか? 私はありのままの私のままで接しているつもりですが」
「それが良くないと言ってるの」
「どう、良く無いんでしょうか?」
にこやかな笑みを湛えながら問いを返す、その態度も気に入らない。ルピは眉間の皺を深く刻んで、艶やかな唇を尖らせる。しかしその様子を見てもカエリの表情は崩れない。彼は一切彼のままなのだ。
「おい」
見かねて割って入ったレヲンはルピを窘める。それだけに留まらず、ルピがどういう気持ちを抱いているかをカエリに訥々と説明した。
そこで漸くカエリはルピの怒りに納得し、しかし表情は崩さなかった。
「……不安な気持ちにさせてしまい、すみません」
下げた頭を上げ、カエリは彼がどんな経緯と目的で動いているのかを打ち明ける。
「孤児院の経営で得られる利益は無いも同然です。国から出る補助金も、彼らの生計を支えるので手一杯なのです。知っていましたか?」
ルピは静かに頷いた。レヲンは表情は変えなかったが、そうだったのかと独り言ちた。
「物は壊れます。特に彼らは今、一番動きたい時期です。家財はもちろん建物自体も定期的に修復や補強が必要ですし、私たちにもメンテナンスが必要です。私たちのことは
「……じゃあそれこそ、そういうつもりだって予め報せてほしかった」
カエリはうんうんと頷く。やはりその表情は、張り付いたような笑顔だ。本心からの言葉なのか、ルピにはどうにも判断できない。何か裏があるんじゃないのかという疑念がこびり付いてしまっている。
「……しょうがなく付き従っているのですから、私自身の行動にはある程度の自由を許して欲しいものですが……何も、いけないことをしているのでは無いのですし」
「違うよ、それは違う。確かにカエリはすべきことはちゃんとやってるし、子供たちにも良くしてくれているけど……」
「けど、何でしょう? それ以上を求める権限を、同じ
「……ぅ、」
「やめろ、カエリ」
泣き出してしまったルピの姿を見て、レヲンがカエリを制した。烈しさとは裏腹に、その表情はやはり穏やかな笑顔で、しかしその目の光は何処か冷淡なものだった。
「私を動かす権限は
「やめろっつってんだろ」
制止の効かないカエリの胸倉をレヲンは掴み上げた。そこで漸くカエリは、不満を表情に灯した。物理的に身体の自由を奪われたからだ。
その表情を見て、レヲンは直ぐにカエリを解放した。ルピはまだ泣いていた。先程よりもその嗚咽は強まっていた。
「……
「あくまでお前はお前を貫くんだな」
「……私にも自らの意思があります。私は私自身であるべきです。この身体は創られたものかもしれませんが、それを動かすこの心は、私の元に生まれたのですから。……約束がありますから、これにて失礼いたします」
「おいっ、…………あいつ今何時だと思ってるんだ……2時だぞ……」
未だ泣き止まないルピの頭を撫でるレヲン。ルピは赤く腫らした目でレヲンの胸に飛び込んだ。彼女の言う、“疲れた時”とはまさに今のことだった。
彼らの溝は埋まらぬまま、しかし歳月は過ぎていった。
もはやルピはカエリを勘定に入れず、レヲンはそんな彼女のことを心配していた。
しかし、異常事態にも緊急事態にも程遠い。二基とも、表面上はうまく取り繕っている。孤児たちを最優先に、彼らに無用の不安を齎さぬよううまく演じて見せている。
ならば自分は何もすべきではない――レヲンも固く口を結び、クルードに助力を乞うことはしなかった。
もしかすると、ここで何かが変わっていれば、彼らに訪れる悲劇は多少は変わっていたのかもしれない。
たらればの話をすればキリが無いとは言え。
もしも彼がその日、孤児院にいたのなら。もしかすると、孤児たちを外に連れ出して逃げ果せたのかもしれないのだから。
◆
(そう――あいつはずっと、ずっとずっとそうだった)
しかしそんな彼女を窘めるのもまた、ルピの後悔だ。
『……きっとまた、何か考えがあって動いてるかもしれないよ』
解ってる。そんなことは解り切っている。
だからこそ連れ戻すのだ。天はああいう奴だけれど、彼を求めている人がいる以上、自分は必ず彼を連れ戻さなければならない。
「山犬ちゃんは天ちゃんが嫌いだよ。それでも山犬ちゃんと天ちゃんはまだ仲間だ。仲間が
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