喰み出した野獣、刃乱した除者⑮
「カエリ、ルピだ」
カエリと呼ばれた青年が振り向く。青い髪をした美麗な容姿の彼はにこやかな笑みを湛えると、丁寧に深くお辞儀をした。
「ルピ、ですね。私はカエリ。この場所とこの場所に住まう者を護る役割にある、
まだうまく感情の表現の出来ないルピは、愛らしい顔貌には勿体ない表情で深く頭を下げた。
「私はルピと名付けられました。この場所にて、孤児たちに教育を施すこと、その生活を支援することを目的とされた
「実はもう一基いるんだが、狩りに出掛けてもう二、三日は戻って来ない」
「狩り?」
「ああ。孤児を養うなら食糧が要るからな。買い付けてもいいが、なるべく自給自足できれば好ましいと思っている」
最後の一基の紹介は後回しとし、カエリとルピはクルードの指示に従い孤児院の掃除を始めた。
ほぼ廃屋同然だった、今は使われていない教会跡を宛がわれたため、掃除はかなり難航した。管理者はいたが管理はされていないも同然だったのだ。だから掃除の半分は修繕と同義だった。
それでも何とか住める程度に片付き、次の日は孤児院の外周の手入れを行う。
森の近くの郊外にあるとは言え、流石に草がぼうぼう過ぎて歩き回るのに不自由だ。草刈りはカエリが率先して行い、裏手は根から引き抜いて畑の土台を作った。この作業はクルードとルピが主に担当した。
合間合間で、配送業者が家財道具一式を運び込んだ。彼らもまた
結局最後の一基は孤児院の内外が出来上がった、ルピが起動してから二日目の夜にも現れることは無かった。
そしてその翌日、王城から車に乗って連れて来られた孤児たちを迎え入れた一人と二基は、先ず最初の業務として孤児たちに名前を与えることを始める。
「十人ですか……始めたばかりですがいきなり多いですね」
カエリはまるで人間のように腕を組み、考える素振りを見せる。
彼は中身こそ今では
そしてそのような基礎躯体は専ら、
人々の夜の期待に応えられるよう様々な容姿の躯体があったが、クルードは自らの目で吟味して現在の二基を決めた。
孤児がどんな性格・嗜好を持つか判明していない段階でもあったため、割と万人受けするモデルを選んだつもりだったが美青年を超えてほぼ女性の美しい顔貌を持つカエリと、小柄で愛嬌がありながらも淫靡さを奥に隠し持つルピの躯体は結局はクルードの趣味と言えた。
「では、こういう名前ではいかがでしょうか?」
一人と二基は知恵を出し合い、およそ二時間強という時間で十人の孤児の名前を決定した。
その名の意味は一から十までの数字を様々な国の言葉で言い換えたものだったが、
一番年長の女の子はユイ、そのひとつ下の男の子はアルト。比較的大きく成長していたこの二人はかなりのしっかりもので、下の子供たちの世話も積極的に手伝った。
長身だが人見知りなターシャ、大柄で喧嘩っ早いカトル。
ひょろ長い身体にのんびり屋な性格を持つキント、物静かなロック。
夢見がちでおませさんなセヴン、何でも自分でやりたがるオクト。
言葉を覚え始めたばかりのノーナ、まだ捕まり歩きしか出来ないディカ。
「よし、カエリ。ご飯の準備と行こう」
「はい、
食材は配送業者が運んで来た。自家栽培が軌道に乗るまでは世話になるだろう。
一人と一基が調理に
手始めに本を読む。ラグの敷かれた広間に座らせ、彼らの好みを聞きながら順番に読み聞かせを行った。
しかしまだルピの言葉は抑揚に欠けている。どこか淡々とした物語を聞いていられず、年長のユイがその役割を奪う。
確かにその本はユイの大好きな本で、何度も何度も読んでいるから朗読も冴えていた。ルピはそれを聞いて
いきなりの上達具合に子供たちは一瞬困惑したが、すぐに目を輝かせた。彼らはまだ幼いため、
だから読み聞かせの後は、自らの躯体に刻まれている
難しい言葉も多く使ったが、そのひとつひとつに対してどのような意味かを問う子供たちの声に真摯に答えたルピ。そんな彼女のことを、子供たちは直ぐに好きになった。
そして。
夕食ももう出来そうだ、というタイミングだった。
彼が――最後の一基が、解体した大きな鹿の肉を詰めた袋を担いで帰って来たのは。
「おお、お帰り――」
表に不審者がいる、というルピの報告を受けてカエリを伴ってクルードが玄関を開けると、そこに彼は立っていた。ちょうど、ドアノブに手を伸ばそうとしたところだったらしい。
鹿肉の一部はカエリが切って焼くことにした。集う初めての夜だ、贅沢しないという選択肢はクルードには無く、寧ろそのために彼を森に三日も放ったのだ。
「紹介しよう。最後の一基、
「……」
表情はほぼ無きに等しく、また言葉を発することも無かった。
きっと笑えば好青年に映っただろうが、ただの不愛想な男である。しかし鹿の肉を持ち帰った、猟銃を負っている、という彼の在り様は子供達にはとても不思議に思えた。
好意ではなく興味。そしてそれは、やはり好意へと変わっていくことになる。
「ねぇねぇレヲン、この本読んで?」
「……俺が?」
「うん! ボクもレヲンに読んで欲しい本あるんだ!」
先ず彼に攻め入ったのは男の子たちだ。特にカトルはレヲンの持つ猟銃に憧れを抱き、ことあるごとに「触らせてくれ」と頼み込み、その度に「駄目だ」とあしらわれた。
大事な仕事道具だから、という意味合いが強かったが、危険なものだという意味もあった。
のんびり屋のキントはレヲンの“狩り”に興味を覚え、彼の口から狩りの基本は罠を張って後はほぼ待つだけだという概要を聞いていつか自分も狩りをしてみたいと考えるようになり、そしてロックはレヲンの寡黙なところに自らと通じるものを嗅ぎ取って何となく傍に寄るようになった。
食べ盛り伸び盛りの彼らにとって、ふらりと出掛けて二、三日後に沢山の肉を戦利品として持ち帰って来るレヲンはいつしか英雄のように見えていた。
必ずご馳走を持ち帰って来るのだ。そして、読み聞かせをしてくれたり、狩りの話、動植物の話なんかをしてくれる。
レヲンが語る自然の話はどこか現実離れしているようで、現実そのものでしかない生態系の物語。ユイやアルトも自然と聞き入っては自らの知識に加えていき、その様子を観察してルピは物事を教えるということを学ぶ。
段々と距離を縮めていった彼ら。いつしかその姿が本当の家族と錯覚できた頃には、レヲンは狩りをしないでいい、肉に余裕のある日には実際に子供たちを森へと連れて行って自然を目の当たりにさせたり、狩りの基礎を実地訓練の形で学ばせたりした。無論、主にカトルにせがまれてだが。
その頃にはルピの感情表現も現在とほぼ遜色無い程度まで発展し、読み書きや数を教えたり、家事を手伝わせたり、特に女の子たちと一緒に花を積みに行ったりした。
時にはレヲンに着いて行き、食べられる野草や薬草についてを全員で教えてもらうこともあった。
クルードが出掛ける際は護衛として追従するカエリはその分、孤児院にいる時間はレヲンに次いで少なかったが、アルトに剣術の基礎を教えたり、女の子たちのままごとに付き合ったりした。
ただ時折、クルードが院にいるにも関わらず街へ出掛け、次の日の昼に帰ってくる、なんてこともあった。その頻度は年月が流れるほど高まっていった。それに関してクルードは特に何も言わず、だからルピもまた何も言えなかった。
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