死屍を抱いて獅子となる③

 シシの右腕の肘から手の甲にかけて彫られたような魔術紋が呼応し熱を持つ――ともすれば火傷しかねない熱量に顔を顰めながら、それでもシシは目を離さなかった。


“銃の見做し児”ガンパーツ・チルドレン――“雷銃”フュジリエ


 それは猟銃シャッセのように砲身を片手で抑え、鳥銃マスケティアのように銃床ストックを肩に押し込んで安定させる、しかし騎銃カラビニアのように片手でも取り回せるほど軽い――おおよそ、そのような銃だった。

 唯一その銃にしか無い特徴を言えば――砲身の中央から真下に伸びた、長い弾倉マガジン


「何だいそりゃぁ?」

「どんな銃かは、味わってみてのお楽しみだ」


 銃把グリップを握り、銃床ストックを右肩に押し付け、左手で砲身を把持する。そして銃口が、5メートルという微妙な距離に隔てられたエーデルへと向けられた。


 薄く細めていた目が見開かれる。

 引鉄トリガーに宛がわれた人差し指がそれを押し込み――そして、離さなかった。


 ダタラタタラタタタタラッ――矢継ぎ早に射出される小型の銃弾たち。


 雷銃フュジリエとは、連射性能・速射性に優れた、大量の弾丸をばら撒くための銃であり。


「煩いよっ!」


 エーデルが自身に霊銀ミスリルの障壁を纏って疾駆する。

 5メートルの隔たりなど彼女にとっては無いのと変わらない――とは言い難いが、大きく一歩踏み出せばその凶悪なまでの膂力で振り下ろす両手剣の一薙ぎで殺せる距離だ。

 だがノヱルもそんなことは知っている。だから銃弾をばら撒きながら彼が行ったのは後退だ。後退しながら、まるで猟銃シャッセのように面での迎撃を続ける。


 ばつりがつりと障壁が剥がれていく。しかし女傭兵の前進、突進は止まらない。

 やがて二人を隔てる空間がゼロへと詰められ、エーデルの左下から斜めに振り上げる一太刀がノヱルを強襲する――その時、雷銃フュジリエのもう一つの真骨頂が発揮された。


 ガキィッ――あろうことか、その砲身を縦に掲げ、ノヱルはエーデルの一撃を雷銃フュジリエの背で受け止めたのだ。


 いや、正しく言えば受け止めたのではなく。

 受けて、その勢いを利用して大きく飛び退いた。


 その取り回しの良さから、武器にも盾にも使い回せる――そしてそのための強度も十二分に有する、それが雷銃フュジリエという銃だった。


 ッタシ――8メートルほど宙を舞って着地したノヱルは再び銃口をエーデルへと向ける。


「っは! 煩いわりにちくちくむず痒いだけの銃さね!」


 破顔しながら肉薄せんとエーデルは地を蹴り。

 それを視認したノヱルは意地汚そうににやりと口角を持ち上げた。


“換装”コンバート――“猟銃”シャッセ!」


 輪郭と色彩とが歪み、銃は形状と意義とを転化させた。

 三角形の頂点のように並んだ三つの砲身を持つ、散弾を吐く猟銃シャッセだ。

 途端にノヱルの視界が広く澄み渡り、瞬きも忘れ睨み付ける様に見守るシシのを目の端に映した。


「――悪ぃな」


 その謝罪は誰へ向けたものだったのか――やはりそれは、ノヱルにしかわからない。


 轟音を響かせて放たれた三つの実包カートリッジは、衝突の瞬間に爆ぜて空間を埋め尽くすと、エーデルが身に纏った魔術障壁を全て吹き飛ばして霧散させた。


「――やめろぉっ!」


 そしてそのタイミングで、模擬戦を戒める声が上がる。

 戦場で動きを止め見つめ合う二人と、それを見守る一人を除いた全ての目が振り向かれると――そこに現れたのは【禁書】アポクリファのイェセロ支部長のガークス・バーレントだった。


 筋骨隆々とした肉体を覆う衣服の裾をはためかせながら歩む彼は眉間に深い皺を寄せ、そして観客ギャラリーを守るための障壁まで進むと、漸くそこで立ち止まった。


「……エーデル、障壁を解除しろ」

「……へーへー」


 両手剣を背負いながら指をパチンとエーデルが鳴らすと戦場に再び雨の雫が降り注いだ。

 濡れることを厭わず二人に歩み寄るガークス。エーデルは顔を顰めており、ノヱルは涼しい顔で創成した銃を棄却した。


「……訓練にしては殺気が過ぎる。どちらが言い出したことだ」


 無言のままエーデルを指さすノヱルと小さく手を挙げるエーデル。


「お前たちは訓練を何だと思ってるんだ。死にたいのか?」

「訓練だろうと戦場で死ねるんなら本望さね」

「馬鹿かっ!?」


 激高という言葉がよく似合う語気だった。

 結局二人の決着はつかぬまま模擬戦は解体されて観客ギャラリーは解散させられた。

 ノヱルとエーデルは全く身に沁みぬ説教をその場で食らい、シシはそれすらも見守っていた。



   ◆



「で? 何か分かったかい?」


 食堂のテーブルについたエーデルは隣に座るシシに訊ねた。模擬戦は半ばで有耶無耶になってしまったが、それでもシシは食い入るように二人の動きを目に焼き付けた。そしてそこから“強さ”を分析し、噛み砕いて飲み込もうとしていた。


「……エーデルの動きはずっと直線的だった。虚を衝くんじゃなくずっと真向勝負で、でもボクはそれをやるといつもノヱルに『真っ直ぐ突っ込むな』って言われる」

「そりゃそうさ。アタイには身を守るための魔術があるからね」

「ってことは、ボクもその魔術を覚えたら」

「それはどうだろうねぇ? いくら魔術障壁でも、普通ならあの銃撃は防げないもんさ」

「そうなの?」


 トレイに載せられた皿の丸いパンを、エーデルは指で掴み千切る。


「アタイはね、長い年月を積み上げて魔術障壁を育ててきたんさ。つい今しがたの思い付きで同じことが出来るんなら、世の中英雄だらけになっちまうよ」


 シシもまた、唇を尖らせながら千切ったパンをスープに浸す。オニオンスープが浸み込み軟らかくなったパンは歯で噛まなくても口の中でほどよく解けた。


「……シシ」


 もぐもぐと顎を動かしながらシシは隣を見た。

 とてもとても柔らかな、それでいてどこか寂しそうな笑みでエーデルは告げる。


「強くなりたいんなら、執着を棄てな」

「……執着?」

「そうさ。美味しいものを食べたい、素敵なものが欲しい、誰かを殺したい、強くなりたい、……生きたい。その全てを棄てて、ありのまま全てを受け入れな。どうせ死ぬ時は死ぬ、命なんてそんなもので、強さなんてものはありはしないんさ」


 眉を寄せ、シシは納得のいかない顔つきでエーデルを見詰めた。

 強くなるために、強くなりたいという思いを棄てるという理屈がよく解らなかったのだ。勿論、彼女が最後に告げた、強さなんてものはありはしないという言葉も。


「シシ。ね、んだよ」


 それは、今の彼女には屁理屈にしか聞こえなかった。

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