消えない肉沁み㉒
「ぐっ、……このっ……」
「くそっ! 待っていて下さい、すぐにっ……!」
縦に振り抜いた筈だった。しかしシュヴァインの振り下ろした斧は
抜こうとするも、夥しく生えた牙ががっちりと食い込んでいるのかビクともしない。
しかし力が拮抗しているのではない、その咬合力と重量こそがシュヴァインの引っ張ろうとする力と均衡しているのだ。
エディは目の前に迫っていた13体目の
「てぁあああっ!」
ザシュッ――背中に入った深い太刀筋はしかし、その嚙み合わせを弱めるほどの威力では無い。
喰らう者が一度喰らい付いた得物を放すなら、命を散らす他無いのだ。
「シュ、シュヴァインさんっ……手を放してっ!」
シシが堪らず叫ぶ。苦い顔をしてシュヴァインは結局その手を斧から放した。
途端に吸い込まれ、ゴギリゴギリと鈍い音を立てる閉じた口。牙は、どうやら鋼鉄よりも硬いらしい。
「この――っ!」
跳び上がり、逆手に握った剣を真上から頭蓋に突き刺したエディ。絶命した
今は知性をさほど持たない
「くそぉっ!」
忌々しいその事実を振り払うように
すでに地下駐車場の中には入り込めている。しかしまだスロープを降りただけの入り口近くだ。
目的の車両はあと10メートルも先にある。
だと言うのに、入り口からは上層階から飛び降りて来た
また、シュヴァインが
「……マジかよ」
「……シュヴァインさん」
「シシ、離れるな、大丈夫だ……」
そう言葉では言いつつも、シュヴァインの心の中もまた色濃い絶望に支配されつつあった。
そしてその絶望を散らす“希望”――
——それは、
「――
白刃の一閃が真横に流れ、駐車場入り口のスロープに栓していたうちの4体が絶命した。
「ノヱルっ! 手前は任せましたよっ!」
言い放つと同時に、天は跳躍ひとつで
「貸しイチだからなっ! ――
そして追従するノヱルは
その後方、5メートル地点では息を切らした山犬がへなへなと座り込み、蒼い顔をして込み上げてきたえずきに抗っている。
「天っ!」
「よく頑張りましたね、シシ。シュヴァイン殿も……貴方はどちら様ですか?」
「俺はエディ。16年前にシュヴァインさんに取り上げてもらった、元食肉だ」
二人の剣戟は出会ったばかりとは思えぬほどの連携を見せ――天が彼に合わせているのだが――また地上部付近で銃撃を重ねるノヱルの働きもあり、直ぐにスロープ部は解放された。
「なるほど――では貴方が件の
「お察しの通り……あんたは? ノヱルさんの仲間か?」
「ノヱルの? 片腹痛いですね、あんなのと仲間とは。
「こっちも無ぇよ!」
魔器を棄却しながら怒号を放つノヱル。その背に、漸く追いついてきた山犬が倒れ込むように歩み寄る。
「うぇ、っぷ……やば、やっぱ食べすぎっぽい……」
山犬の霊的座標に紐づけられた貯蔵庫に限界は無い――実際には無いわけでは無く、有るのだがほぼ無限に等しいのだが。
だからどれだけ
蹂躙の戦形である
命題とともに魂の座に刻まれた
しかし反転は彼女の
極めつけは、それを一度行使してしまうとその際に吸収した
しかも今回が初の実戦投入であるため、山犬自身にも自分があとどれだけの時間こうなってしまうのかが予測すら出来ない――その状態にノヱルは実に大袈裟な溜息を吐き、顰めっ面のまま紅い頭を優しく撫でた。
「……まぁ、お前が一番の功労者だからな。っつか、牢屋壊すんなら己れのもぶっ壊してけよ。ちょっと暇になって焦ったんだぞ?」
「ううー……ごめんなさーい……」
ここぞとばかりにノヱルに擦り寄って甘える山犬。明らかに弱っているのがノヱルにも見て取れる――山犬がノヱルに甘えるのは決まってそういう時だと言うのは、フリュドリィス
しかし駐車場の奥から這い寄ってくる影がどんどん近くなるのに加え、遂に手前側の連絡通路の隔壁が破られた。
ひどく鈍い、それでいて豪快な破砕音とともに響き渡る呻きの合唱。
エディは咄嗟にシュヴァインとシシとを守るようにその間に位置し、歯噛みをしては剣を構える。
「……どうやら、急いだ方が良さそうですね。この後の段取りは?」
「駐車してある車を借りて逃げようと思ったんですが……」
その言葉に、天は駐車場の奥を見た。
すでに停められてある最も近い車の傍を、蠢く影は通り過ぎようとしている。
「プランBはありますか?」
「……いや」
「シュヴァイン殿、シシ。元来た道を戻ります。ちなみに、ここの他に駐車場はありますか?」
「車探してんのか?」
頭部に内蔵された索敵機能の反応を確認しながら、ノヱルがスロープ下の一団に声をかける。
「全く、いい日にはいい縁あり、だっけか? ここの真反対に車がある――喜べよ、しかも運転手付きだ」
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