第2話 忌避された灯火
――ド田舎の田んぼを走るくらいなら、俺は辞退する!
聖火リレー自体に火が付いたのは、とある有名インフルエンサーが本音を言ったことだった。
コロナ情勢は世界を混沌とさせ、疲弊しつつある日本経済に反逆するようなことをするのはどうなのか――と、一石を投じたのだ。
これを皮切りにメディアは次々と異を唱え始める。
やれ緊急事態宣言を前倒しに解除したのは聖火リレーをやりたかったからだ。やれ聖火リレーをすれば沿道にファンが集まってソーシャルディスタンスが保てないだとか。
さらには、聖火リレーの起源まで触れて世論を洗脳しようとした。
記事によれば、聖火リレーという文化自体、ドイツがまだナチス政権下にあったベルリンより踏襲されたもの。約八十五年前に開催されたベルリンオリンピックからの悪の灯火……つまり、聖火というものは存在せず、即刻消されるべきだ!――など。
スタート地点が福島県だというのも尾を引いている。3.11東日本大震災での傷がまだ癒えていない中で、トーチに火を灯すというのは皮肉が効きすぎだ。
十年前の原発事故でのメルトダウンを忘れたのか?
あの原因は何だっただろう?
聖火リレーをやる暇があるのなら、もっと別のこと――つまりコロナ――に時間と金を使ったらどうだ?
それでも重い腰を上げようとしない政治家は、メディアに翻弄され続けた世論の反対を押し切り三月二十五日木曜日、リレーはスタートした。
リレーは福島、栃木、群馬、長野と順調に続いて四月に突入した。
けれども有名人の聖火ランナーの自主辞退が止まらない中、桜の花びらが舞い散る頃になって島根県知事が声高々と声明を出した。通常通りであれば、島根県は五月中旬に走る区間である。
「私の県では、聖火リレーを中止する!」
それを皮切りにして、次々と県知事が声をあげた。
一部区間を自粛したり、すべての区間を自体したり……。
時流に乗ったこともあるだろうが、来る第四波に備えて「密」になる可能性が高いと見たのだろう。
そうして五月、六月と、ほぼ大多数の国民がオリンピック開催自体に否定的な都道府県を駆け抜けて、梅雨寒が残る七月上旬、聖火が東京都の大地に足を踏み入れた。
七月九日に届けられたころには五月から六月にかけて起きた第四波の終焉と、第五波の先駆けと思しき前兆が起きている頃だった。
けれどもこんなことでは聖火は止まらない。だって、一年も待たせているのだから。
IOC(国際オリンピック委員会)が強く警告しようとも、予定通り二週間かけて東京都を駆け巡る予定らしい。東京都の新規感染者数は二千を超えているにもかかわらず……。
三月にスエズ運河を封鎖した愚行を犯したくせに、またも愚行を重ねるつもりか?世界が疑義を正し、全体を通してみればまともに走ったのは最終地点の東京都だけだった。
新型コロナのワクチンは遅延に遅延を重ね、未だ全体に行き届いていない頃、小笠原諸島を粗方回ったらしいフェリーが東京湾に入ってきて、ひとりの青年が埠頭に降りてきた。
有名人ではない。辞退した女性演歌歌手に成り代わって補充された普通の学生―― 一般人だ。
そうして聖火は一般人から一般人へと渡り歩き、何の変哲のない一般人である最終走者、水樹の手に渡った――。
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