この命のゴールはどこにあるのか

名苗瑞輝

この命のゴールはどこにあるのか


 もう限界だ。これ以上生きていたくない。

 俺はそう思い至り、通過しようとしていく快速列車に飛び込んだ。

 ここが俺のゴールだ。


 * * *


「おめでとう!」


 一瞬のことだった。俺は知らないうちに、ただ光に満ちるだけの何もない空間にいた。

 果てがあるのかも判らないただ真っ白な空間に、俺と、そしてもう一人の姿があった。

 先ほど声をかけてきたのはそのもう一人のようだ。男なのか女なのかも判らない、中性的で整った顔立ちのそいつは、屈託のない笑顔を俺に見せている。

 そしてそいつが手を挙げて再び降ろすと、いつからそこにあったのか、くす玉が割れて垂れ幕が下がってくる。そこには『祝・百万人』とあった。


「君はあの路線で死んだ記念すべき百万人目だ」

「はあ」


 そんなに死んでいるということに多少驚きはしつつ、しかしよくわからない状況への困惑が勝る。


「特別に君の願いを何でも叶えてあげよう」

「何でも?」


 ここに来て、ようやく状況を理解してきた。なるほど、異世界転生か。

 となれば願いは一つだ。


「じゃあチート能力を持って異世界に転生したい」

「おやおや? 『ここが俺のゴールだ』とか言って死んだくせに、まだ生きたいんですか?」

「は?」


 失礼な奴である。何様のつもりだろう。


「いや、神様だし」

「は?」


 調子のいい神様もいたものだ。こんなクソみたいな神様がいるから俺の人生はクソだったに違いない。


「自分の失敗を転嫁しないでくれたまえ。まあいい、じゃあ転生させようか」


 神がそう言うと、俺の意識は遠のいた。


 * * *


 確かに約束通り俺は異世界に生まれ変わった。前世の記憶はそのままに、チート級の能力を手に入れてだ。

 しかし、現実は思いのほか無情である。


「パーティーから外れてくれ」


 リーダーからそう告げられた。どうやら俺の『パーティーメンバーのスキルを二重発動させる』能力の価値が判らないらしい。

 攻撃の威力は二倍になり、回復量も二倍、累積バフは二段階上昇し、デバフは二回判定されるので状態異常にかけやすい。完全回避スキルも二連撃に対応でき、バリアも二重に展開される。

 まさに攻防隙なしのこのスキル。しかしリーダーは言った。


「今度付与術士入れるんだけど、二重に付与する意味ないだろ」

「パラメータ加算が二倍になるだろ」

「付与は武器に負荷をかけるのを知らないか? 負荷も二倍。しかも属性付与は二度掛けの意味が無い」


 こうして俺のスキルの価値を理解できない奴に追い出された。

 だが奴の目的は別にある。俺が抜けることで美少女だけのハーレムパーティーになるからだ。

 まったく、美少女ってのは得しかしないよな。

 そう思いながら俺は死んだ。やけになって一人でダンジョンへ向かう最中、ゴブリンに殺されたのだ。


 * * *


「おめでとう!」


 意識を取り戻したと思ったら、そこはなんだか見覚えのある空間だった。そして、見覚えのある笑顔が目についた。


「君はあの森でゴブリンに殺された記念すべき百万人目だ」

「はあ」


 前回の『あの路線で死んだ記念すべき百万人目』に比べれば現実的な数字だ。いや、少し少ない気もするが。


「昔は犠牲者が多かったのだけれど、近年は人のレベルが上がっていてね。ゴブリンなんざ素手でとはよく言ったものだ」


 相変わらず俺の心を読み取ったように神とやらはそう言った。


「じゃあ、転生させるから」

「ちょっと待て。俺はまだ何も──」


 * * *


 こうして俺が生まれ変わった先は貴族のお嬢様だった。

 確かに俺は『美少女ってのは得しかしない』などと言ったわけで、実際その姿は美少女であった。

 それならばと、金と美貌をフル活用して、いいとこのイケメンお坊ちゃまでも物にしてやろうと企んだ結果、そのために起こした行動の数々が悪事として暴かれ、断罪を言い渡された。

 死の間際、俺はふと前世、いや前々世のことを思い出した。ああなるほど、これが悪役令嬢ってやつか、と。


 * * *


「おめでとう!」


 二度と訪れたくなかった場所で、二度と見たくなかった顔を目にする。


「君は断罪された百万人目の悪役令嬢だ」

「はあ」


 一体何人の悪役令嬢が生まれ、死んでいったのだろうか。そしてそれは、俺の生きた世界に限った話なのか、それとも他の世界も含めてなのか。


「せっかく美少女になったというのに、悪役令嬢ムーブとは感心しないね」

「そもそも俺は美少女になるより美少女に囲まれたかったんだが」

「承ったよ」

「いや、だから──」


 * * *


「お兄ちゃん、一緒にご飯食べようよ」

「ちょっと待ってよ。私、今日君のためにお弁当作ってきたんだよ。だから私と食べよ」

「あらあら、それなら皆さんで一緒に、とはいかがでしょう」


 昼休み、俺の周りに美少女が次々と現れてはそう言ってくる。

 ハーレムラブコメ主人公。これ、これだよこれ。

 俺には特別な何かがあるわけでもないけれど、周りの美少女はみんな俺のことが好き。そしてなにより、前前前世で過ごしたのと同じ世界。やはり平和が一番だ。


 ようやく俺の生きるべき世界が見つかった。そう思いながら好きに生きていたあるときのこと。背中に冷たい何かを感じた。いや、熱い。痛い。


「私だけを見てくれないのが悪いんですよ」


 彼女は俺の背中からそれを抜き、放り投げた。それを目で追って、ようやく刃物で刺されたということを頭が理解する。

 クソが。ヤンデレヒロインとか……いらねぇんだよ畜生が……。


 * * *


「おめでとう!」

「もういいよ。何も要らない。このまま消えたい」


 俺がそう言うと、神の顔はスッと真顔になった。


「それは出来ない」

「何故だ」

「これはある種の呪いなのさ」


 神はそう言ってくす玉を割る。今回もそこには『祝・百万人』の文字があった。


「命のゴールとは、長い命をまっとうすることさ。それを果たすまで、君の命は人生という双六の振り出しへ戻されてしまう」

「なっ……。なんとかならないのかよ」

「これでもなんとかしているのさ。そのためにこの、久しく寿ことほぐ玉、久寿玉くすだまを割っているのだけどね」

「何それ、神頼みかよ」

「そりゃ、神様だし」


 そう言って神は再び笑顔を見せた。


「じゃあ、次の人生はどうする?」


 俺は少し考えた。

 追放系異世界チート、悪役令嬢、ハーレムラブコメ。鉄板は何だってやってきた。創作欲張りセットだ。

 そうなると現代ファンタジーやSF物としゃれ込みたいが、そうすべきではないと判断した。

 いずれも俺は他者によって殺されてきた。現代ファンタジーやSF物は、おそらく戦闘を避けられないだろう。

 だがその観点で一つ例外だった世界がある。


「俺が電車に飛び込む前に戻してくれ」


 唯一、俺が他者に殺されていない世界。自らの手で命を絶った世界。

 そこならば生きながらえる可能性は十分にある。


「自殺するほど辛い世界ではないのかい?」

「もう俺は十分、良い思いをした。チート能力でチヤホヤされ、お嬢様でチヤホヤされ、ハーレム主人公でチヤホヤされ。けど、結局それで殺されて死ぬのなら、そこまで希望もないなって。それに、良い思いをした分だけ、蹴落とされたときの落差が辛い。だったら、地味に平凡で生きる方がいい」

「割とマイナス思考な活力だね」

「そうでもないぞ。俺は長生きがしたい」

「それはループを終わらせるため?」

「いや、殺されたくないだけだ」


 神は「なるほど」と呟いたあと、最後にこう言った。


「じゃあ、良きゴールを願っているよ」


 こうして俺の、ここでの意識は途絶えた。

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この命のゴールはどこにあるのか 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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