桜は散らない

菅谷安賀

桜は散らない

 桜は嫌いだ。散ってしまうから。


 どうせ散るのにあんなに綺麗に咲くから嫌いだ。そのせいで散ると変に寂しくなるから嫌いだ。いっそもっと地味に咲いてくれればいいのにそうしないから嫌いだ。それでも脳裏に鮮烈に残って、何度も引き寄せては同じ結果になって、後悔する、その繰り返し。だから嫌いだ。

 

 そして今、また同じように僕は桜に嵌められている。


 今年も来てしまった。君が好きだといった桜並木。薄桃色の空間の中を、これまた薄桃色の欠片がちらちらと舞っている。


 君のことは何もかも覚えている。その顔も声も、宙を仰いで手を伸ばす仕草も、触れると破けてしまいそうな白い柔肌も、カラカラという車輪の音も、そんな君をゆっくりと押す硬くて重い感触も。ぜんぶぜんぶ、脳裏に鮮烈に残っている。


 もういいだろう離れてくれ。そう言ったって離れはしない。君は僕の中に咲き続ける。もうとうに散ったのに、どこにも咲いていないのに、ずっと咲き続けているんだ。僕はそれを切り倒してしまう力も、押し花にして大事に飾る器用さもない。実在しない花が、呪いのようにずっとずっと咲き続ける。


 桜の空間の中で、僕はそっと腰を下ろす。降ってきた薄桃色が僕の周りに敷き詰められて僕を閉じ込める。僕はそいつを踏みにじることも手で除けることもできず、そのままにしている。


 君は桜みたいなひとだ。


 君は嫌いだ。散ってしまうから。散ったくせに咲き続けるから。

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桜は散らない 菅谷安賀 @sugasugayassuu

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