ゴールの中のゴール
@ns_ky_20151225
ゴールの中のゴール
わざわざすまないね。こんな年寄りのところに。うん? もう八十二、いや、三だな。
そりゃうれしいよ。脚がゆるすならとびあがって踊りたいくらいさ。銀メダルだもん。
不安はないかって? まったくない、といったらうそになるが、どうせ死んでからのことさ。すくなくともわたしは自分を銀メダリストと思って死ぬ。運が良ければ金メダ……、おっと、これは不謹慎。でも銅やそれ以下の連中はわたしに対しておなじように考えているだろうね。
なんで参加したか。ううん、むずかしい質問だね。答えるのが。どう、記事として見栄えがいい建前か、つまらない本音かどっちがいい? 本音? なら金と名誉。これしかない。当時は十九で、自分が見えてきたころだったから、もう実力は天井だって察してた。ふつうの大会ではこれ以上はないなって。
だから、あれに参加したんだ。人体実験と非難されようが自然への冒涜と責められようがかまわなかった。金の匂いがしてたし、確実に注目を浴びられる。実際、そうだったろう? むかしの記事をしらべてきたと思うけど、ずっと一面トップだったし、わたしを取り上げないメディアなんかなかった。
いまはなんて呼んでる? ああ、強化オリンピック。ふうん、そのままなんだ。あのころはドーピングオリンピックに出場するチートアスリートってぼろかすにけなされたよ。
まあね、すこしは科学的な興味もあった。人体は薬でどこまで強化できるんだろうって。製薬会社がスポンサーになって健康管理をていねいに行いつつ薬物を投与すれば記録はどこまで伸びるか。超人は誕生するのかってね。
だからこそ、大会は一回きりで終わっちゃったけど、競技はずっと続いてる。いまも。あなたがきょうここに来たのもわたしが銀メダルに繰り上がったからだろ? まえに銅になったときもおなじように来たよ。五じゅ……う、八くらいだったかな。
大会の時は五位だった。知ってるだろ? それでも当時の世界新だった。筋肉増強剤、興奮剤、刺激剤、感覚強化剤、ほかになんやらかんやら。計画的に投与され、フィールドでピークが来るようにされたよ。
心配は? ときたか。また聞いたね。さっき答えたろ。ほとんどない。製薬会社が住居を提供してくれたし、健康管理もしてくれる。それと入賞した報奨金を投資してるから経済的な不安もない。銅のは結構な額だったし、これから銀のも入ってくる。ま、元金は使えないけど。なにかあったら返さなきゃいけないし。
そう、そこだけが不安で、心配でもある。強化オリンピックの規定は生きてるし、これからもずっと適用される。
知ってるよな。死亡時に検査され、投与されていた薬物が直接の原因、または著しい健康被害を与えていたと診断された場合、記録は取り消しになる。下位が繰り上がり、入賞賞金やメダルは返して繰り上がった者に与えなきゃいけない。きびしいねえ。もうかなりになるのに審判団は忘れない。人間だけじゃないからな。記憶が風化しないとは恐れ入ったよ。返すのが元金だけでいいってのだけがお情けだけどね。
ま、おかげで四位、それから銅、そして銀になれた。うれしいかって? そりゃうれしいさ。八十代の銀メダリストになれたんだから。それに健康だし。自慢じゃないが歯は全部自分のだよ。発音もしっかりしたもんだろう。
わたしの夢はね、なんていったかな、カナダの、九位のがいただろ。あいつみたいになりたいね。早くに死んだけど、影響なかったって認められて死亡時の九位が確定した。だからのこされた家族は経済的には助かってるだろうな。返さなくていいのが確実になったんだから。
いや、わたしには家族はいない。結婚はしなかった。ときどき生きてるうちに使い切っちまおうかって思うけど、なかなかできないもんだよ。だってまだ競技は続いてるんだから。
金メダルが早いか、わたしが先か。そして死後の検査がどう出るか。そこまで行ってやっとゴールイン、だな。
え、読者に一言? あらためていわれるといいにくいけど、じゃあ、こんなのはどうかな。
ゴールはフィールドにだけあるんじゃない。人間到る所にゴールあり。
なんだい、その微妙な顔は? わかってるよ。わたしにはそっちの才能はない。ぶっちゃけると本はゴーストが書いてくれた。
実は物書きやって小銭稼ごうと思うんだけど、文才を上げる薬ってないもんかね。記者さんだったら知ってるんじゃないの? あ、これは冗談。
はは、でも、きょうはありがとう。わたしみたいな者の話を聞いてくれて。
了
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