お菓子の国
草原の中の道を、一台の小さな古ぼけた車が走っていた。その車の運転席には少女がおり、助手席には灰色の猫がいた。彼女らは道の先にある国を目指していた。
「…シロ、この匂いは何?」
少女が言うと、灰色なのにシロという名の猫が答える。
「サクラ、まさか分からないの?」
サクラと呼ばれた少女は馬鹿にされたような気分になって思わずシロを睨む。
「サ、サクラ?視線が怖いよ」
「ならさっさと言って頂戴」
シロは少し怖がりながらぽつりと言った。
「お菓子の匂いだよ」
サクラとシロは目的地である国に着いた。終始お菓子の匂いがしてサクラは不快そうな表情を見せていた。しかし、入国審査中周りを見ても無機質な防壁しかない。
「これは…一体どういうこと?」
「入国審査官は特に反応無かったよね。僕達が化かされてるとか?」
「…シロ、素面で言ってる?」
「猫はお酒飲まないよ。と言うか、飲んじゃ駄目じゃん」
疑問を覚えながらも、サクラは城門を潜った。
サクラ達が国の中に入ると、より一層お菓子の匂いがした。益々謎は深まるばかりで、サクラは適当に道にいた男性に聞くことにした。
「あの、すいません」
「お、旅人さんかな?」
「はい、そうです。先程入国しました」
「よろしくー」
「そうかそうか。私も数年前までは旅人でね。特に目的も無く旅をしていたよ」
サクラは驚きを隠せなかった。この国は異様な迄にお菓子の匂いが強い。色々な国を旅してきた人間にとっては、必ずしも住みたいと思う場所では無いと感じていた。
「この国に移住されたのですか?」
「ああ。ここは幸せな香りがする」
「お菓子の匂いのことー?」
「そうだ。ここは常にその香りがする。全く幸せなことだ。これまで旅してきた国々が霞んで見えてしまう」
「あの…私はこの匂いは一体何処から…?」
「ああ、それは
そこら中の建物からだよ」
その言葉の意味を理解出来ず無言になってしまったサクラに変わり、シロが質問する。
「皆年がら年中お菓子作ってるの?」
「昔はそうだったらしい。毎日お菓子を作っては近所の人達で集まってパーティーを開くのが日常茶飯事だったそうだ。そして…
今では建築材にも使っている」
「ま、まさか」
「流石に旅人だから勘がいいな。そうだ、ここの道路、壁、屋根、全てがお菓子で出来ている。きちんと機能するように出来ている。素晴らしい建築技術だと思わないか?」
「そ、そんなことが出来るんですか?」
「さあね。私は建築家では無いんだ。知ってる訳が無いよ」
思わずサクラは近くの壁をじっと近くで見つめていた。しかし、どの角度から見ようともどの距離から見ようともとてもお菓子には見えなかった。
「ああ、言っておくけどお菓子だからって千切って食べたりしたら重罪だからね」
「多分サクラは食べてもこの国の警察全員抹殺して出国出来るけどねー」
シロが誰にも聞こえないような小さな声で言った。余りに小さなものだったから、サクラにも男性にも届かなかった。
結局、その匂いに耐えられなかったサクラは早々に出国してしまった。男性からは名物のケーキ…スポンジケーキの上にチョコや苺、お菓子を乗せたもの…を勧められたが、これ以上甘い香りを嗅いでいると可笑しくなりそうだと思ったサクラはあっさり断ってしまった。
「ねぇ、シロ」
「何?サクラ」
国から離れた後サクラはボソッと言った。
「あれ、建築材はお菓子じゃないよね?」
シロは半ば納得したような、半ば驚いているような状態だった。
「壁に顔を近づけた時に気づいたのよ。もし本当にお菓子で出来ているなら匂いがより増しても可笑しく無いのに、全然変わらなかった。だから、匂いの出本は別かなって」
「…サクラ、将来定住するとしたら傭兵になると思ってたけど、探偵でも良いんじゃない?」
「定住して傭兵ってどうなの…と言うか定住なんてしないけど。シロ、誤魔化してるでしょ。珍しく私に出し抜かれたから」
「サクラに出し抜かれたら僕のレゾンデートルは何処にあるの?」
「いつも出し抜いてるから良いでしょ。ほら行くよ」
「あ、サクラちょっと待って」
シロはサクラの靴に触れると、思いっきり引っ掻いた。そこから、小さなチップのようなものが飛んだ。近くの湖に落ちると、間もなく爆発した。
「出し抜けた!今回は引き分けだよ!」
「あの旅人さんが定住したのはこれが理由かな…」
僅かな静寂の後、サクラは車を発進させた。
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