加護の国


 夕日が射し込む原生林に敷かれた道を、小さな車が走っていた。運転席にはツインテールの少女が、助手席には灰色の猫がいた。


「サクラ、あの噂は本当なの?」


 灰色の猫の発言に、サクラと呼ばれた少女が返す。


「シロ、それを確かめに行くんでしょ」


「そうだけどさ…」


 シロと呼ばれた猫は少しだけ失望したような声を出した。そして車が原生林を抜けると、


「…噂は本当だったみたいだね…」


草原が広がっており、その中に国がある。そして、そこからとても高い白い塔が見えた。


「うーん、でっかいねー」


シロはそう言った。サクラに関しては何も言わずに黙々と車を運転していた。



「我が国へ入国ですか?構いませんが武器の類いは全て預けて頂きますよ。この国では、基本的にそういうものは所持が禁じられておりますので」


そう言われ、サクラとシロは入国した。既に暗くなり始めていた為、紹介されたホテルに直行した。旅人を歓迎する風習があるらしく、案内された部屋はスイートルームだった。料理も素朴ながら豪華なものが並び、サクラは大層満足して、シロは羨ましそうに見て、その後揃って眠りについた。


翌朝、サクラとシロは噂の塔を見に行った。改めて見るとやはり壮大で、サクラは妙にそわそわしてしまっていた。


「あの、昨日入国した旅人さんですよね!?」


塔の近くにいた女性が声をかける。


「はい。この塔は凄い大きさですね」


 サクラは世間話程度のつもりでそうかえしたが、


「この国を守るものですから!」


 と言われ首をかしげた。



「説明してくれなーい?」


「はい!」


 シロの陽気な質問に対して、女性は嬉しそうに説明し始める。


「この塔は何万年も前からここに建っていたと言われています。この塔は加護の白塔と呼ばれています!この塔のお陰で私達はずっと、戦争にも飢餓にも襲われず、今まで保っていられるのです!」


「すごい塔なんだねー」


「…」


 黙ってしまったサクラに代わり、シロが受け答えをする。


「はい!ですから私達はずっとこの塔が倒れない様、ずっと修繕を続けています!この塔が崩れない限り、私達は繁栄し続けることが出来るのです!」



 2日後、サクラとシロは出国した。


「不思議な国だったねー」


「うん…そうだね…」


 次の瞬間、目の前に1人の兵士が出てきた。サクラが急ブレーキをかけ車を止めると、沢山の兵士が出てきて忽ちトラックを囲んだ。その中から1人が出てきて言うには、


「どうも旅人さん。私はこの部隊の隊長です。少しお話出来ませんか?」


 脅しだろう、とサクラは思ったが、口に出しては言わなかった。


 サクラとシロは部隊のキャンプに事実上連れて行かれた。しかし、劣悪な待遇をする訳でも無かった為、シロは不思議そうに聞いた。


「君たちさー、あの国の住民?」


 部隊長は首を横にふる。


「いいえ、我々はここより北の丘陵地帯を抜けた先にある国のものです。今は部隊を展開しているところです」


「…あの国を侵略されるのですか?」


 サクラは慎重にそう言った。少なくともサクラが見た限り、あの国は侵略者からすればとんでもないカモである。他の国が偵察に来ていてもおかしくはないだろう。ところが部隊長は、


「はい?我々にそのような行動は認められておりません。そんなことをすれば、即刻死刑ですよ」


「…えっと、何故でしょうか?」


サクラが質問する。

「我々はあの国の守備係だからですよ。」


サクラは首をかしげた。別の国の人間が非武装の国を守る。理解し難い行為だ、と思った。

「我々は何十万年も前のことですが、戦争であの国に敗れ、奴隷となったのです。彼らは我々に命じました。自分達に変わりの国を守るように、と」


「…へぇー」


 黙ってしまったサクラに変わり、シロが受け答えをする。


「それから何十万年も、我々はずっとあの国を守り続けているのです。東にある国が軍事侵攻をしようとした際は、我々が徹底的に叩き潰しました。西にある国で疫病が流行った時には、そこからこちらへ避難してくる人々を皆殺しにしました。はっきり言って、気持ちの良いものではありませんでしたよ」


「…あの、今はもう彼らはあなた方が奴隷であることなど誰も知らないと思いますよ。あくまで塔の加護であると…」


「それは当時のあの国のリーダーが、奴隷を持っているなどと言えない為にでっちあげた嘘です。死病にかかった際、我々の元へ来てその事を言うと亡くなりました。何かまだ言っていましたが、我々は聞き取れませんでした…」


「…」


「我々は、命じられたことは遂行しなければなりません。我々は彼らの奴隷なのですから。我々の子孫もあの国を守る為精進することでしょう」


 サクラとシロはまもなく解放された。東へ向けて走っていく車を見て


「隊長…本当に通して良かったのですか?」

「普通、スパイとかの類では無さそうだし、相当腕が立つ女だ。下手に手を出せば大損害だ。それに…」


隊長と兵士は会話していた。



「ねえサクラ、気付いてるでしょ?」


 シロが言うと、サクラは無言で頷く。尋問された場所からある程度離れて車を止めると、車の裏に回った。ナンバープレートのところに、赤く光る小さな機械があった。


「時限爆弾でしょ。あの薄汚い奴らのやりそうなことだねー」


「面倒だなぁ…」


 サクラは遠くに向けてポイっと投げた。間もなく爆発音が聞こえ、白い煙が上がっていた。そこには先程車の前に飛び出した兵士の死体が出来ていたのだが、サクラとシロが気づくことはなかった。

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