自動車の国

名も無き山岳地帯にその国はあった。そこだけは平地で、いわゆる盆地である。そして今そこに、一台の車が入国審査をしていた。小さな車には、少女と猫が乗っていた。




「我が国は自動車以外で外出することを禁じられています。絶対にそちらの車から出ないで下さい。この国では全ての店で地下駐車場が整備されているので、そこで乗り降りして下さい。もし外で乗り降りした場合、旅人であろうと重罪となります。よろしいですか?」


車に乗っていた少女が頷くと、入国審査官は入国を許可した。


小さな車は国の中へ入った。




「凄いわね。」




朝日が刺す中、車に乗っていた少女が放った第一声がそれであった。助手席に乗った灰色の猫がそれに続く。


「全ての道路が綺麗に整備されていて、無料の高速道路が国中ありとあらゆるところを結んでいるんだね。…サクラ、信号に気づいてる?」


サクラと呼ばれた少女が返す。


「シロ、流石に私でも分かるよ。さっきからやけにスムーズに移動出来ているじゃない。多分、信号は溜まった台数に応じて切り替えている。車でしか移動出来ないから、そりゃそうか。ただ…」


「ただ?」


「どの車も武装しているのが気になるの。表面上は治安が良さそうに見えるけど、実際は違うのかな。」


「でも、酷い国なら入った途端に盗賊に襲撃されることもあるでしょ?それに比べれば、この国はまだまだ治安がしっかりしているとは思うけどね。」


「それもそうだけど…やけに武装が徹底しているもんだから気になるのよ。使わないなら、金の無駄遣いだろうなぁ…。」




彼らは紹介されたレストランに入った。そこで昼食をとっていると、近くに中年の男性が来た。


「隣に座ってもいいか?」


中年の男性が座って、サクラに話しかけてきた。


「ええ、どうぞ。」


サクラが言うと、男性はすぐ座った。するとすぐ男性は開口一番、


「旅人だな?この国を見てどう思った?」


そんなことを言った。


「そうですね、安全ですし料理は美味しいですし、いい国ですね。好きな場所へいつでも何処でも行けますし…。」


「なんだか、嬉しくなるな。」


シロがここぞとばかり聞いた。


「でもさ、この国の車はやけに武装してるじゃん。案外治安は良くなかったりするの?」


「いや、そういうわけじゃない。あれは…」


男性が理由を話す。




「皆怖がりだからさ。だからこそ、ここまで車社会になったんだ。」




男性は、喉を潤す為にビールを飲む。サクラは、恐らく長い話なんだろうと悟った。飲み終わったタイミングで男は相手に向き直った。


「怖がり…と?」


「ああ。この国は昔異常なレベルで治安が悪かったのさ。ある犯罪組織がこの国の事実上の支配者だった。ちょっとした窃盗なんて日常茶飯事。一瞬…いや、半瞬足を止めただけで襲われて身ぐるみ剥がされるみたいな状態だった。」


サクラはゴクリと唾を飲み込む。シロは、そんな心配しなくてもサクラは返り討ちに出来るのに、と思った。


「数年前、さすらいの旅人集団に依頼してそんな奴らを一掃してもらったことでようやく治安は回復した。だが、住民たちには物凄いトラウマが残ってしまった。だから、段々皆外出しなくなってしまい、孤独死する老人や衰弱死する赤ん坊が増えていったのさ。そして、そんな状態を見かねた政府が慌てていったのさ。車社会を作るってな。犯罪組織が襲おうとしても、自分達を襲えないようにする為に。」


「な〜るほど、それでこの状態になっちゃったんだね。」


シロが相槌を打つ。


「車に乗ることで襲撃から身を守れる。政府が謳ったから、皆車に乗るようになり、犯罪組織が成長しない為に、襲いやすい徒歩や自転車での移動は禁止された。だが、それでもここの住民達は備えに備える為に車に武装するようになった。そして今、旅人さんが見てきた風景になったのさ。わかってくれたか?」


「ええ、とても良く分かりました。」


「すまないな。愚痴に付き合ってもらって。じゃあ、俺は失礼するぜ。聞いてくれたお礼に、代金は払ってやる。」


そう言うと、男性は立ち去った。シロだけは、その男性のポケットから金属が擦り合う音を聞いた。




翌日の昼頃、サクラとシロは国を後にした。


「サクラ、気づいてた?」


「え…何を?」


サクラは不思議そうに返す。


「レストランで話しかけて来た人、多分例の犯罪組織の生き残りだよ。」


「…え。」


「多分、サクラに襲いかかるつもりだったんだよ。サクラの腕前を察して、中止したんだろうけど。」




「…まさか、路上で襲えなくなったから姿を晒す店の中で襲うことにした?」




「恐らく。レストランの他の客と比べて、サクラだけは座った席的に誰にも見られなかったからね。」


サクラは絶句していた。シロはその無頓着さを呆れた。




国の中では、レストランから悲鳴が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る