終わりのないもの

どこかのサトウ

 終わりのないもの

 君を幸せにするために、僕は言葉の音符で奏でよう。


 白いキャンバスを共鳴させて、僕の物語を届けよう。


 でもそれはきっと幸せの押し付け。


 それでも僕は聴きたいんだ。君の声を——


    * * *


「先生、この世の中に作家って沢山いるんです。過去の偉人だって今もずっと生き続けています。彼らが残した作品という形で。そしてそれは先生が書いた作品と同じ場所にあるんです。——無料で!」

「何が言いたいんだね?」

「先生、面白い作品を書いてください。誰もが読みたいと思う作品を描いてください」

「私に売れる作品を書けと?」


 彼は私の作品にしばらく目を通したあと、この作品ではダメだと言った。

 彼は私に『面白く、誰もが読みたい』作品を書かせたいようだ。

 だが私がいくら作品を書いても、これではダメだの一点張り。一体私に何が足りないのか、正直分からなくなっていた。


「流行を取り入れるのは間違いではありません。そのジャンルの読者が多い分、先生の作品に触れる機会が多くなりますから」

「ネット小説で多く読まれているのは、間違いなく異世界ファンタジーだろう?」

「はい」

「だが君は私の書いた異世界ファンタジーはダメだという——」

「正直に申しまして、面白いです。私は気に入ってます。ですが先生、この作品は先生の作品ではないと僕は思っています。誰かの真似、二番煎じだ。これでは誰かの目に触れても、似たような作品として埋もれてしまう」


 彼が私を叱咤しているが、私の心はどこか遠い場所にいた。

 いつからだろうか。『私』を上手く伝えることができなくなってしまったのは。

 最初は好きなように書いていた。

 目を背けたくなるような文章で読めたものではない。

 間違いなく黒歴史だ。だが読み返せば、どこか光るものがあると自画自賛できるし、自分好みの作品ばかりだった。

 だが書くたびに、書き続けるたびに一つ、また一つと伝えたいことが無くなっていく気がした。

 そもそも私はネタの引き出しが多い人間ではない。

 あぁ、きっとそうだ。作品をいくつも完結させて、伝えたいことがなくなってしまったのだ。


「私はすでにゴールしてしまった……のか?」

「先生、何か飲み物を飲みましょうか。そしてゆっくりその意味を考えてみませんか?」


 冷蔵庫に入っていた缶を取り出しブルを引くと、破裂音と共に甘い香りが広がった。

 静かな部屋の中で、シュワシュワと炭酸の弾ける音がやけに耳に付いた。

 一口飲むと炭酸の刺激が喉を焼き、ツンと鼻から爽快感が抜けていく。

 椅子に凭れ、大きく息を吸い込んでゆっくり吐き出すと、強張っていた身体が少しだけ緩んだ。


「先生、自惚れてはいけませんよ。私たちに売れる、売れないは関係ありません」

「ははっ、君は夢や憧れを否定するのだな」

「夢を見るのは構いません。でも追いかけるような年じゃないでしょう?」

「おいおいおい、少し言い過ぎではないかね?」


 私は彼に缶を向けながら反論する。


「夢を見て、それを追いかけて何が悪い。何かを始めるのに年齢なんて関係ない。やるか、やらないか。違うかね?」

「でも、絶対にゴールにはたどり着けませんよ。そもそもたどり着ける気がしません」


 睨む私に、彼はそう言って苦笑いを浮かべた。


「ゴールというのはだな、目標や……通過点で……だな、別に私が何か特別な賞を取ろうとか、そんな大それたことをしようという訳では……なくて……だな」


 何を勘違いしていたのか。——挫折だ。

 書くことがなくなり筆を置くことが作家としての終わりを意味するならば、それがゴールではないか。そう思ったが全くの別物であった。

 もっと単純なことだったはずだ。


「そうだな。書くことは何もかもが通過点だ。結婚と同じで、その後もずっと続いていく——」

「なら先生、作家のゴールとは一体何なのでしょうか?」


 考える時間を得るために、ゆっくりと喉を潤す。

 椅子に座り、両手で缶をもった私が、こちらを見て微笑んでいる。


「……きっと満足したときだ」

「先生は満足しましたか?」

「どうだろう。だが私はきっと作品を書くだろう。描きたいと思っている」

「なら先生、そろそろ描きましょう。締め切りもありますから」

「ははっ、締め切りね。本物の作家になった気分だよ!」


 ゴールといえば、きっと誰もが徒競走を思い浮かべるだろう。

 誰よりも早く走ってゴールテープを切る。一番は凄いと祝福される。

 子供心に褒められることは嬉しく、それは私たちにゴールという概念を植え付ける。君の栄光は、誰よりも頑張った先にあるんだと。

 でもそれは誰にかに与えられた目標にたどり着いただけ。

 そこから先は手探りで進むしかない。目標を定めて一つ、また一つと積み重ねていくしかないのだ。

 でもそれは単純なようで難しい。

 そうして進んだ先にゴールは、栄光は本当にそこにあるのかと悩み、迷い、苦しむのだ。作家というのはそんな険しい道のりをたった一人で進んでいかねばならない。


 それでも——


 君を幸せにするために、僕は言葉の音符で奏でよう。


 白いキャンバスを共鳴させて、僕の物語を届けよう。


 でもそれはきっと幸せの押し付け。


 それでも僕は聴きたいんだ。君の声を——


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終わりのないもの どこかのサトウ @sahiri

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