七
目の前には血の気の完全に失せた顔で、死んだように眠る
「昨日の夕刻ごろに寝付いたきりです。声を掛けても揺すっても一向に目覚める気配がありません」
梔乃は真白の白い頬を撫でた。生きている者のそれとは思えないほどに冷たい。人肌の温もりは全く感じられなかった。
迂闊だった。真白があまりに平然とした態度で振舞うので、忘れていたのだ。この娘は一月という長い間、呪いと戦っていたことを。
気丈に見せていて、本当はもっと苦しかったに違いない。周囲に心配させないためか、わざと呑気に振舞って、恐怖を一人で抱え込んで。
「姉上………」
今にも泣き出しそうな琉霞の声が、梔乃の胸を貫く。
ほんの少し言葉を交わしただけなのに、いつの間にかこんなにも情が移ってしまっていることに梔乃は驚いた。それはきっと真白が生来持った魅力なのだろう。
助けてやりたい。梔乃の胸にそんな思いが込み上げた。
(何か――)
辿れるものはないだろうか。呪術の多くは時が経つにつれてその効力を増す。
梔乃は以前にもしたように真白の額に己の額をくっつけた。
再び呪いの道筋を辿る。
呪いは三日前よりも強くなっている。当然、術者の匂いも強くなる。
ふと、意識が何か別のものに乗り移る感覚がした。
―暗い、夜の道だ。跳ねるように駆ける視線は随分と低い。子供だろうか。いや、子供よりも低いように思う。石畳を飛び上がって――着地の際に均衡を崩した。そのまま地面に腕をぶつける。何か、木の根のようなもので深く抉られたようだった。痛む腕を庇いながら歩くと、人影を見つけた。あれはきっと真白だ。すると突然視線がぐんと伸びあがる。真白よりも高い視線になった。真白が腕を引いて井戸の前に立つ。水で傷口を洗われ、手拭を巻いてもらった。すると向こう側から女が駆けてきて、慌ててその場から駆けて逃げた。ここで視線が低くなる。再び石畳の前に立って飛び上がろうとしたときだ。突然、後ろから何かに斬りつけられた。悶えるように暴れまわるも、何度も背中を斬りつけられ、その場に倒れ込んだ。仰向けに寝かされ、今度は腹を斬りつけられる。痛い、助けて。怖い。何で。どうして―――
「
自分の輪郭を確かめるように、梔乃は己の頬をなぞった。
「大丈夫ですか……?」
心配そうに覗き込む琉霞の肩を掴む。
「ねえ、屋敷の男たちは調べたんでしょう? 目星のありそうなのは居なかったっ?」
その剣幕に気圧されたように、琉霞が「ええ」とうわづった声を上げる。
「居ませんでした。ここ一月ほどで屋敷を出入りしていた全ての人間に当たりましたが、やはり誰も」「やっぱり」
申し訳なさそうに云う琉霞の声を途中で遮って、梔乃は部屋を出ていく。
「え? ちょっと?」
置いてけぼりをくらった琉霞は、少しの間呆けていたが、すぐに梔乃の後を追った。
梔乃を追って庭に出ると、池のあたりで庭師を捕まえて何かを熱心に尋ねている。
その中には、三日前に鯉の死体の後始末をしていた男もいた。
「あの、何を――」
琉霞が声を掛けようとした途端、梔乃が突如として振り返った。
「
「え?」
「術者を、見つけた」
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