最終話 俺とみんなと広がる世界


 「早くいくのにゃ!」

 「スミタカは相変わらずのんびりしてるみゃ」

 「コテツそっくりにゃ」

 「うるさいぞお前達!? ……よし、行くか」

 「はい、楽しみですね!」


 いつも自宅でいつもの会話が繰り広げられ、真弓が苦笑しながら返事をする。

 

 ――真弓と結婚し一緒に暮らすようになってから早一年。

 スティーブやシゥリーが亜人の島へやって来てから少しして結婚したわけだが、早すぎたということも無く仲良くやっている。

 まあ元々同じ職場で遊びに行ったりしていたので、付き合っていたようなものだったしな。

 結婚したのはもう一つ理由があって――

 

 「抱っこを要求するにゃ」

 「またか……キサラギ、お前結構でかいんだから自分で歩けよ」

 「嫌にゃ。早くするにゃ」

 「じゃあ僕はマユミに抱っこしてもらうみゃあ」

 「いいですよコテツ♪」


 急にキサラギがそんなことを言い出し、仕方なく抱っこして裏口へと向かう俺達。

 『こっちの世界』で変わったことと言えばこのようにコテツとキサラギが喋るようになったことかな? 

 猫の成長は早く、半年くらいで拙いながらも喋り出した時はみんな驚いたものだ。成猫になっても甘え癖は変わらないが、まあ可愛いので良しとしよう。

 

 今日はウチの庭で花見をすることになっているのでエルフ村まで行く必要はないけど、集まる人数は多数居るので早いところ準備をしておきたいところだ。


 「さて、テーブルとイスは前に運び込んでくれていたから並べるだけだな。桜の下にはブルーシートを敷いておくか」

 「ですね! ……立派になりましたね、桜の木」

 『ありがとうマユミ、いい肥料をもらったらこの通り……というのは半分で、エルフ達に活気が出て魔力を吸収できたのが大きいわね』

 「ま、おかげで庭を拡張することになったわけだがな」

 『いいじゃない、私が見える範囲は魔物が入ってこれないから、子供を遊ばせるのにちょうどいいと思うけど?』

 「そうですねー」

 「そんな目で見るな……」


 真弓が俺にジト目を向けてくるのには理由があり……実はネーラとフローレの二人は子供を身ごもっているからだ。妻の真弓とも励んでいるんだけど、まだできていない……。


 「まあ結婚はボクの方が早かったからいいですけどね!」

 「まだ焦らなくてもいいだろうし、気長に行こうぜ」

 「昨日もお盛んだったしにゃ」

 「こら、キサラギ!」

 「にゃふふふ……」

 

 首を絞めてやろうとしたが、その前にキサラギが逃げたので仕方なくテーブルを並べる作業に戻る俺。

 実はこの家具はドワーフに技術を学んでいるこっちの人間が作ったもので、金属で出来ているにもかかわらず軽くて丈夫なのが特徴である。

 姫様のシゥリーもミネッタさん達に魔法を教えて貰い、攻撃魔法なんかも使えるようになっていた。ノームの工芸品を上手く作れる人も居て、充実した毎日を送っている。


 「あ、ネーラとフローレが来ましたよ!」

 「スミタカ、マユミ」

 「来ましたよー!」


 お腹の大きなネーラに、子供を抱っこしたフローレ……そう、一番最初に懐妊したのはフローレだったりする。


 「わー、相変わらず可愛いですねー。シリュウ君、げんきでちゅかー?」

 「きゃっきゃ♪」

 「マユミのことお気に入りですからね、シリュウは」

 「お父さんはどうだ?」

 「きゃっ♪」

 「……微妙ね」

 「村にもっといかないとダメか!? ……くっ……それより、大事無いかネーラ?」


 喜んでくれている……が、真弓よりも喜ばれていない感じがするので、緑と黒の混じった髪の息子にもっと接しようと思う。

 そんな俺達を見て苦笑するお腹の大きなネーラに声をかけると、柔らかく微笑みながら頷いた。


 「大丈夫よ、お母さん達が世話してくれるしね。本当は一緒に居たいけど……」

 「旦那の両親は他界していますからね……実家のエルフ村の方がいいと思います。ボクもまだ産んでないから、フローレが助けになると思いますしね」

 「そうね。マユミも早くできないかしら?」

 「そうなんですよねえ……早く三人の子供同士で遊ばせたいのに!」

 「みゅー!?」

 「あ、ごめんねコテツ」

 「酷いみゅ……」

 「きゃっきゃっきゃ!!」


 勢い余って抱きしめたコテツが潰されぐったりとするのを見てシリュウがたいそう喜んでいた。この子は猫達が特に大好きで、シュネが近くに居たら毛を掴んで離さないくらいなのだ。


 「それじゃ、シリュウはネーラに預けてわたしが手伝いましょうかね!」

 「美味しいものがあるといいにゃあ。にゅーるとか欲しいにゃ」

 「それを自ら要求するとは贅沢な猫になったな……」


 捨て猫時代から考えれば元気に成長してくれたので俺はキサラギを撫でながらポケットからにゅーるを出す。

 

 「大人しくしていたら後でやるからな」

 「にゃ~ん♪」


 ちなみにエルフ村に放逐されたこちらの世界のネコ達とも仲が良く、キサラギはエルフ村のネコ隊長みたいになっているんだよな。

 コテツはのんびり屋なので日向ぼっこばかりだけど、メス猫とイチャイチャしているのをよく見かける。


 そうそう、とりあえずその猫達を連れて来てくれたこちら側の人間、キンクネリ王国の人達はこの一年で信用できることが分かった。

 こちらの要求は全て通り、今では家畜もいて、たまに食料も運んできてくれる。もちろん学校に来る人間もきちんと制限し、ディーネ曰く別の場所から結界を中和してくることもないらしい。

 

 ……まあ、スティーブが追っていたエルフを狙う貴族の一味がフローレを誘拐して俺達がそれを追って大立ち回りし、スティーブやシゥリーに世話になったのが一番大きいけど。


 そんなことを考えながらテーブルクロスをかけて料理を並べる場所を作り終えると、スティーブやリュッカ、ヤマトにスネイル、ノームの長ペタとホビットの長イチヤに、グランガスさんといった主賓がやってくるのが見えた。


 「ようスミタカ!」

 「お、来たなリュッカ!」

 「ほら、一昨日しめたニワトリの肉だ」

 「サンキュー。あれ? スティーブ、姫さんは?」

 「ごきげんようスミタカ殿。姫様はミネッタ様と一緒に後から来られますよ。そういえば陛下からお言葉を賜っておりますが……」

 「聞きたくない」

 「『ウチの娘を貰わないのはどういう了見だ! 近いうちにそっちに行くから準備しておけ』とのことです」

 「やっぱりそういうことか!? というか島に来るなよ国王が……」


 フローレの誘拐事件の時に一度謁見しただけなんだけど、何故か気に入られたんだよな……シゥリーには兄貴が居るので、俺が王になるってことはないけど流石にお断りしたよ。


 「とりあえず酒が欲しいわい」

 「グランガスの旦那はそればっかりだな」

 「スミタカの世界の酒がうますぎるのがいけないんじゃ!」

 「昼になって、全員揃ったら出してやるから大人しく待ってろって。朝っぱらから酒は出せん」

 「くう……!」


 グランガスさんがテーブルを叩いて悔しそうな顔をするけどスルーだ。するとブルーシートの上でイチヤが胡坐をかき、人差し指を立てて俺に言う。


 「アタシはコーヒーってやつがあればいいわ。コーラは酔っぱらうから勘弁な」

 「ワシはプリンが食べたいのう」

 <僕はコンクリート!>

 「カタツムリめ」


 でかい蝸牛のスネイルが庭の隅に移動しながらそんなことを言う。

 実は以前、庭に落ちていたブロックをかじって味をしめて要求するようになったのだが、モノによって味が違うらしい。


 <私はニンジンが食べたいわね、飲み物は荒ごししたコーンスープね>

 「こっちはグルメさんだな。ヤマトはなんかリクエスト無いか?」

 <……肉がいい>

 「シンプルでいいな、助かるよ」


 グルメな兎精霊のポーパルのオーダーを受け、近くに来てぼそりと呟くヤマトを撫でていると、キサラギがヤマトの背中に飛び乗ってあくびをする。


 「ヤマトおじさんの背中はふかふかしていいにゃあ」

 <またお前か……母親のところへ行けといつも言っているだろう>

 「今は居ないからみゃあ」

 

 ――そんなこんなで、準備を勧めて昼を回るとベゼルさんやウィーキンソンさんなども集まり宴が始まる。


 「いやあ、オーガとドワーフの作った道は歩きやすくていいですな」

 「エルフこそ水路の作成に尽力したじゃないか。島中に水が行き渡ったのは大きいことだぞ」

 『ふっふっふ、この神具の杖がある限り綺麗な水を供給できるわ! うふふふふふ!』

 「うわ、この精霊酔っぱらってるぞ!? 水を出すの止めさせろ!」

 『透明化!』

 「汚ねぇ!?」

 <やめんか!>

 『ふぎゃ!?』


 ディーネは力を取り戻してから調子に乗っているが、実際その力は強く島あちこちに流れている水は澄んでいて、枯渇することがない。

 駄精霊がヤマトに叩かれたところで、最後の来賓が到着する。


 「来たぞい!」

 「やっほー!」

 「おお、ミネッタ殿に姫、先に始めているご無礼をお許しください」

 「いいわよ別に? それにしてもこの島はホント凄いわね師匠」

 「うむ、スミタカが来てから本当に変わったわい……」


  各種族が協力して作った道路、水路、家屋。そして俺の畑のおかげでこの島は豊かになり、この一年で劇的に変化し、殆んど交流の無かった種族同士、さらには人間とも一部だが和解することができた。

 いつか、この島を出て大陸へ行く亜人も出てくるかもしれないな。


 「あなた、どうしたんですか、お義父さん達の写真を持ってきて?」

 「ん? ああ、この光景を見せたくてな。あれから一年、まさかこんなことになるとは思わなかったな」

 「今日は私とスミタカが始めて会った日でもあるわね」


 宴の勢いは止むことが無く、家の軒下で写真を並べて飲んでいると真弓とネーラが近づいて来たので俺は微笑みながら返す。


 「親父たちは戻ることができなかったけど、これで満足してくれているかな?」

 「多分、大丈夫ですよ! だって、こんなにみんな仲がいいんですもん」

 「はい! 同じ過ちを繰り返さないよう、この子や産まれてくる子供達のために頑張らないとですね」

 「そうだな、フローレ」


 シリュウを抱っこしたフローレもこちらにきて微笑みながらそんなことを言う。

 親父たちが作った扉は、桜の木にシュネの遺体、子ネコ達と言った偶然の積み重ねで繋がったような気もする。


 だけど俺は思う、親父たちの『願い』が今のこの状況を作り出したのだと。


 「ゆっくり眠ってくれよ、親父、母さん」

 (ううん、まだよスミタカ)

 「え?」

 「見て、桜が――」


 俺が写真を撫でた瞬間、不意に懐かしい母さんの声が聞こえ、風もないのに桜の花びらが吹雪のように舞い散る。

 そしてまた母さんの声が聞こえてきた。


(きっともう大丈夫、いきましょう姉さん)

 「お主は……うむ……そうじゃな……」

 「師匠!?」


 桜吹雪はミネッタさんを包み込み、シゥリーが駆け寄るが桜に阻まれてしまし尻もちをつく。俺が支えてやると、桜吹雪に飲まれたミネッタさんの声が『頭の中』に響いて来た。


 (どうやらお迎えが来たようじゃ、宴の席で申し訳ないがワシはお暇させてもらおう)

 「どういうことだ!?」

 (なに、寿命というやつじゃ気にするでない。もっと昔に死んでいておかしくなかったのじゃからな、どうやらワシの役目は終わった、ということじゃ。最後に、亜種賊と人間が一緒に酒を飲む姿を見れて良かった――)

 「待って師匠! 私はまだ教えてもらいたいことが!」

 

 急すぎる別れにシゥリーが泣きながら手を伸ばすが、俺は首を振ってその手を降ろさせてから言う。


 「……もう休ませてやろう。人間に実験体として扱われ、身体がどうにかなって三千年も死ねずに生きたんだ、逝かせてやろう」

 「最長老……今までありがとうございました。これからは空から見守っていてください」

 (うむ)

 (さようなら、もう一度あなたに会えてよかったわ、住考)

 「母さん……ああ、俺も声が聞けて良かった。俺を拾ってくれて、ありがとう、親父によろしくな」

 (ふふ、あなたはね――なの、それじゃ元気で――)

 「……!? ……ああ、またいつか……」


 そして桜吹雪が消えると、ミネッタさんの姿はなく母さんが連れていったのだろうと推測する。


 宴は少ししんみりしたが、長い間生きてきたミネッタさんに敬意を表す飲み会へと変わり、昔話などに花を咲かせ、後日遺体の無い葬儀が執り行われ、慕っていたシゥリーがずっと亜人達と仲良くしていくと、泣きながら宣言をするのだった。





 そして――


 「ふあ……子供達は?」

 「コテツとキサラギを連れてエルフ村に行っていますよ、お昼には帰ってくると思いますけど」

 「そうか、ちょっと庭に出てくるよ」

 「はい、朝食を作って待っていますね」

 「ありがとう、頼むよ」


 俺は真弓に礼を言って庭に出ると、桜の木の前に立つ。


 ミネッタさんが亡くなってから五年、あれから特に事故も病気も事件も無く過ごしてきた。ただ、この桜の木はあの日以来喋らなくなった。

 役目を終えたからか、静かに花が咲くサイクルを繰り返す普通の木になってしまったようだ。

 またいつか喋らないだろうかと思い、俺は毎朝必ず声をかけるようにしている。


 しかし、俺や真弓はふとした瞬間、この桜の木や裏庭のことを忘れていることがあり、もしかしたらその内この異世界への扉が消え、記憶が無くなってしまうのかもしれない。


 「……ま、その時はその時だな」

 

 ――それでも、裏庭から始まった俺の冒険はまだ終わらない。やることはまだまだあるし、むしろ足りないくらいだ。


 もし俺や真弓、ネーラやフローレ、シゥリーに終わりが来ることがあっても、この物語の続きは俺の子供達が引き継いでいくに違いない。

 

 「あなた、朝食できましたよ!」

 「今行くよ」

 

 真弓に呼ばれて俺は家の中へと入っていく。


 「後でエルフ村に行くんでしょ? 今日は休みだからボクも行くよ。自転車、教えるんだよね?」

 「だな、リュッカのでかい体で乗ってるのを見たら笑うぞ」

 「あはは、オーガだもんね。さ、それじゃ早く食べて追おうか!」

 「ああ」


 今日はどんなことが起こるだろう? 

 なにも起こらないかもしれないし、事件が起きるかもしれない。だけど、なにか起きてもみんなで協力してきっと解決する。


 「どうしたの? 急に笑ったりして」

 「いや、なんでもない。この前ベゼルさんがさ――」


 故に、今日も明日も、裏庭に広がる世界はずっと平和に違いない。親父と母さんが最後まで戻りたかったあの世界はきっと、ずっと――




ーFinー







  ◆ ◇ ◆


 ここまで読んでいただきありがとうございました!


 『俺とエルフとお猫様』はこれにて終了となりますが、如何だったでしょうか?

 

 4月からとあるレースをきっかけに始めましたが、あまり人気にならず取り急ぎの終了とさせていただき大変申し訳ございません。

 本来ならフローレの誘拐話や、大陸での事件、スミタカのことなどもう少し書いても良かった部分もあり、一気に収束に向かったので分かりにくい部分も多くそのことも謝罪したいところです。

 スミタカ……彼の正体は想像を膨らませてくれると面白いかもしれませんね!


 ともあれ、中途半端ながら最後読んでくれた読者の皆様に感謝の気持ちしかありません! 繰り返しになりますが本当にありがとうございました!

 これと同時期に始めた『現代に転生した勇者は過去の記憶を取り戻し、二度目の人生で全てを取り返す! ~前世の敵であるドラゴンを従えた俺を見て後悔してももう遅い!~』はもう少し続きます。


 超器用貧乏と帝国少尉の冒険奇譚も不定期ですが続けていくので、良かったらそちらを読んでいただける幸いです!


 それでは、また別作品でお会いしましょう! 新作も進行中ですよ!


                                    2021年9月11日 八神 凪

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俺とエルフとお猫様 ~現代と異世界を行き来できる俺は、現代道具で異世界をもふもふネコと無双する!~ 八神 凪 @yagami0093

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