その72 夢現(ゆめうつつ)
「(ん……? ここは……? 確かミネッタさんに報告をして一旦家に帰ったはず……)」
あたりを見渡すと俺はどうやら空に浮かんでいて、頭がぼんやりとしてまどろみの中にいるような感覚を味わっていた。
(はあ……はあ……)
(くっ……)
そして俺は、眼下に二組の男女が炎の中を逃げ惑っている姿を発見する――
(早く……逃げるんだ……!)
(逃げるってどこへ……もうダメよ……人間達に囲まれているわ……)
(どこでもいい! 止まっていたら死ぬだけだ、ほら立ってくれ……スミカ……)
(私はどうなってもいいから、あなただけでも……)
(馬鹿言うな……! お、俺が必ず助ける)
――後ろ姿しか見えないが、どうやらエルフのようで耳が尖っているのがはっきりわかる。どこかで聞こえる怒号や悲鳴を聞かないように歯を食いしばってスミカと呼んだ女性を背負って歩き出す男。
俺はここが夢だというのがなんとなくわかった……そしてこれはエルフ達が襲われたという三千年前の出来事なのだろう、とも。
「(スミカってどこかで……聞いたような……)」
ぼんやりとした頭では考えることができず、少し高いところから見下ろすような形で二人を目だけで追う。
二人は逃げた。
遠く、とにかく追手から逃れるために必死に……。だが、三日三晩移動し続けた男はいよいよ力尽き、大きな木の下で倒れるように転んだ。
(あなた……!?)
(こ、ここまでか……。すまん、スミカ……もう動けそうにない……)
(ううん、ここまで来ればきっと大丈夫よ。少し休んでからまた行きましょう。ミネッタさんは別の島へ逃げると言っていたし、海を目指せばいいと思うの)
(ああ……)
スミカは優しく微笑みミネッタさんの名前を口にし、やはり人間から逃げているエルフのようだと俺は確信。
暗闇で顔は見えないが、二人は疲れからかすぐに寝息を立て始めて森に静寂が訪れる。
しかし、夜明けもこないうちに――
(……!?)
(今の音は……!)
――人間達と思われる数十人分の足音が聞こえてきた。
(うぐ……ま、まずい……これほど早いとは……)
(あなた、もう無理よ! 全然立てないじゃないの……)
頭がぼんやりしている俺でも男の声色で無理だろうというのがわかる。女性を背負って逃げるなど土台無理な話だったのだ。
……それでも男の気持ちは分かる。俺だって同じような状況なら真弓を置いて自分だけ逃げることは有り得ないからだ。
(ここまでか……すまない、子を成すこともできずこんな見知らぬ土地で果てさせる俺を許してくれ)
(仕方ありませんよ。亜人狩りが始まった時点でいつ死んでもおかしくなかったんですもの)
疲れ果てて動けない体を見て、どうあっても逃げきれないと悟った二人は寄り添い、木の根元で目を閉じた。
「(俺になにかできればいいんだけど……こんな状態じゃ、な……)」
なんせ頭は重く、身体も透けている。
どうして俺はこんな夢を見ているんだ……? そう思った瞬間、ふたりの寄り添う大きな木が突然光り出した。
(な、なんだ……!?)
(あなた……!)
そして明るくなったその時、二人の顔を見て俺は頭の重さが気にならなくなるくらい驚いた!
(お、親父!? それに母さん……! そうだ、スミカは澄香……母さんの名前!!)
俺の知る両親より若いし、エルフ村のウィーキンソンさんとラッテンさんにも見えるが、親父の眉にある傷は間違いなく親父だ。母さんにも見慣れた首のほくろがあった。
で、でも、親父も母さんも耳は尖ってなかった……どういうことなんだ……?
俺が動揺していると、大きな木は急に花を咲かせ、辺り一面を花吹雪に包み込んだ。
「(こ、これは……桜か……!)」
(なんだ、これは……)
親父が冷や汗をかきながら母さんを守るように立つと、頭の中に声が響きだす
『生きたいですか? なにを捨てても』
(だ、誰だ……!?)
(もしかしてこの木……?)
『その通り。私はこの大木である桜の精霊です。……もう一度問います、生きたいですか?』
(当たり前だ……! 死にたいと思うものなどいるか! ただでさえ人間に蹂躙されているのだ、生き残って復讐をせねば気が収まらぬ!!)
(あなた……)
親父は俺が小さいころ窓ガラスを割った時みたいに顔を真っ赤にして桜の木に怒鳴りつけると、桜の木は少しの沈黙の後、語り出す。
『……あなた達を別世界へと誘いましょう。そうすれば生き残ることができますよ』
(ほ、本当か……!? た、頼む……俺はどうなってもいい、スミカだけでも助けてくれ!)
(嫌ですよ! あなたも一緒でないと……)
母さんが腕を掴んで叫ぶ。
二人は死ぬまで仲が良かったけど、昔からだったんだなと少し懐かしく思う。それと同時に、この後について予測ができた。
『私も寿命でしてね。この体を捨てて別世界へ行くところだったんです。道連れに二人をと思ったので、一緒に行こうと言うのです。ただし、向こうの世界では人間として生きていくことになると思いますが』
(に、人間……!? 憎い仇になると……!?)
(……)
親父は驚愕し、母さんは目を見開いて黙り込んでしまうが、その時背後で声が響く。
(なんだこの光は……!)
(こっちだ! 亜人かもしれん、捕まえれば大金持ちだ、急げ!)
親父たちを探している人間達のようで、だんだん声が大きくなってきたのでこのままでは見つかってしまうだろう。すると母さんが小さく頷き、桜の木へと叫ぶ。
(わかりました。私達はそれを受け入れます! なにかすべきことはありますか!)
(!? スミカ……!)
(あなた……ううん、カイリ。生き残れる手段があるなら迷う必要は無いと思うの。人間になったとしても、エルフのことを忘れるわけじゃない。向こうに行けるなら、こっちへ帰ることもきっとできる……)
(……そう、だな。桜の木よ! 俺達も連れて行ってくれ!)
『英断ですね。向こうに行ったら、私は苗木になるでしょう。傍にいるので、成長するまで見守ってください。そうすればいずれ――』
「(う……!?)」
最後まで聞くことは叶わず、その瞬間、俺は意識がプツリと切れるのだった。
親父……母さん……あなた達は――
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