その25 子ネコちゃんの名前
「いただきます!」
「いただきます。おお、美味そうだな」
黛の買ってきた食材で完成したものはあまり時間がかからない肉野菜炒めとみそ汁、それと冷ややっこというシンプルなものだった。俺も自炊はするので肉野菜炒めは作るけど、味付けが違うので食べるのは楽しみである。
「ん、美味い。少し味噌の風味があるな?」
「あ、流石ですね。ボクの家だと少しお味噌を入れて味を濃くするんですよ。お口にあって良かったです!」
「お前の弁当、少し貰ったこともあるから心配はしてなかったけどな。あ、ダメだぞ」
「みゅー」
「みゃー」
足元で三毛猫が小さい肉球で俺の足をカリカリしていた。サバトラは俺の足をよじ登り、テーブルの肉に狙いをつけていたので俺はそっと床に降ろす。親父たちはいわゆるダイニングテーブルは苦手で、こたつやちゃぶ台みたいな低いテーブルで食べていたから、子ネコ達も手が届くのは良くない。
「ケージに入れておくか。ミルクはもうちょっとしてから出してやるからなー」
「みゅ!」
「みゃー!」
不服そうだが、料理を口にして具合が悪くなっても困るしな。
「ふふ、もうお腹が空いているのかもしれませんね。子ネコちゃん、元気ですし、来月くらいには離乳食が食べれそうかも?」
「そのころにまた病院に連れて行くから、聞いてみるよ。とりあえず食って食休みがてら子ネコと遊んだら家まで送るからな」
「えー、泊っていけって言ってくれないんですかー」
「明日も仕事だろうが。着替えが無いと気持ち悪くないか?」
「まあ、そうですけど……でも、休みなら泊ってもOKってこと? ならそこを狙って――」
「なんだ?」
「い、いえ、なんでも。あ、お味噌汁うまくできましたねえ」
焦る黛を訝しみながら食事は進み、俺が辞めた後の会社の様子などを話してくれる。もちろん、引継ぎはきちんと行っているので、悪い話ではなく、会社内の雰囲気も良いので愚痴なども出ない。
「――ってことで期待されていたんですよ、先輩」
「まさか社長がそんなことを言うなんてなあ。強面だけどいい人だよな」
「ですね。奥さんも経理やってますけど、身内経営の割には居心地がいいですよ」
「ま、ありがたいことだよ。片づけは俺がやっておくから、子ネコと遊んでてくれ。21時になったら強制退去な」
「うう、仕方ありません……あ、そうだ。子ネコちゃんの名前、決めません?」
そう言ってカバンから名前付けの本を取り出した。
「そうだな、ちょっと待っててくれ」
「はーい!」
黛は元気よく返事をし、子ネコをケージから出して眺めていた。あまり構いすぎるとストレスになるから、自分から寄ってこない時は構わないことも必要だとか。
「みゃー!」
「お、サバトラちゃんボクに恨みでもあるのかな? そんなに爪を立てないでよー。三毛猫ちゃんは大人しいのに」
「みゅー♪」
俺がリビングに戻ると、サバトラを抱っこして顔を突き合わせて話しかけ、三毛猫が黛の背中をよじ登ろうとしているのが微笑ましい。服がまずいことになりそうだと、慌てて三毛猫を俺が抱っこし、ソファへ腰かけると、黛も隣に来てサバトラを膝に置いた。
「というわけでこれです!」
「ふむ、猫の名前のつけかた全集ねえ」
ぱらぱらとめくってみると、出会った時期に名前をつけたり、猫の特徴でつけたりするものなのだとの記載があり、名前ベスト10などものっていた。
「だいたい二文字なんだな……」
「サクラちゃんとか可愛いですよね。でもサバトラじゃサクラって感じじゃないかあ」
「みゃー」
なんでもいいよとでも言いたげなサバトラが大あくびをしながら鳴く。俺も三毛猫を撫でながら考えてみる。
「やっぱり男の子だし、カッコいい方がいいよな。お前は何がいい?」
「みゅ?」
「男の子でも可愛いのありますよ、ミケとか」
「みゅー……」
黛が言うと、ミケは嫌そうな感じだと顔を俺の胸に擦り付けてくる。ふむ、クロ……は黒くないから却下だし、同じ理由でシロやハクも無い。
「お、これなんていいか? ムラクモってかっこいいじゃないか」
「みゅー!」
「刀の名前でしたっけ? 村雲江とかそんなやつ」
「そうそう」
「もうちょっと可愛い方が……」
「んー、ならコテツでどうだ? 可愛い感じもあるだろ? 男の子だし、これくらいはいいだろ」
「あ、いいですね! じゃあ今日から君はコテツ君だ!」
「みゅー!」
元気よく俺の膝でごろごろしながら鳴き、嬉しそうに見える。よし、三毛猫はコテツだな。それじゃ次はサバトラだけど……
「なら同じ刀の名前からとります?」
「こっちはメスだから可愛い方がいいことないか? まあ、好戦的だけど」
「みゃー!」
私にも名前と言わんばかりに黛の膝で暴れ出すサバトラ。色はシルバーが基調だからどうするか……そう考えていると、黛が口を開く。
「拾った季節で考えてみます? 二月だから……『きさらぎ』なんていいかも?」
「ああ、それいいな。可愛いのとかっこいいのが混ざっている気がする。それでいいか?」
「みゃ!」
「あはは、いいみたいですね」
ひょいひょいと俺に手を伸ばしてくるのを指で弾き遊んでやる。名前も決まり、そろそろ送らないといけないかと思っていると――
コンコン……
「ん? 今なにか音がしませんでした?」
「……気のせいじゃないか?」
――勝手口がノックされた音だと気づいたが、嫌な予感がして俺はしらばっくれる。しかし尚もノックは続く。
「何で勝手口が……? 正面玄関から来ればいいのに怪しいですね」
「まあ、風かもしれないし気にするな。そろそろ送ろう」
「なるほど、風か……はーい」
黛が納得してくれ、上着を着始めると俺は胸を撫で下ろす。誰か分からないが、今は出られないんだ……すると、
「みゅー」
「みゃー」
「あれ、子ネコちゃんたちどこいくの?」
「さ、早く行くぞ!」
子ネコ達が勝手口へ行き、俺は冷や汗が出る。早く黛を遠ざけなければ……そう思っていたが、そう上手くは行かないもので……
『スミタカ、居ないの? 子供達に会いに来たんだけど』
勝手口の外で、声がした。
「……! 女の声! しかも勝手口からだと……!」
「こら、待て黛!」
慌てて止めるが、黛は恐ろしい速さで勝手口に行くと、扉を開く。
「先輩を誘惑する女の顔みせ、て、もら……」
『あら? どなた?』
「いやあああああああ!? 化け猫ぉぉぉ!? うーん……」
「おっと!?」
「みゅー♪」
「みゃー!」
勝手口を開けるとそこには巨大な母猫が座って待っており、黛は母猫を見て気絶。俺は後ろで支えて倒れるのを防いだ――
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