その21 後輩、襲撃


 「上がっていかないか?」

 「ええ、お仕事なんでしょう? お猫様と帰るわ」

 「そっか……って、村に行くときはどうすればいいんだ? 俺一人で行けなくはないけど」

 『ああ、それは考えてあるから大丈夫よ。ねえ?』

 「はい! お仕事、頑張ってね」

 「あ、ああ」


 母猫がネーラが意味ありげな顔でウインクをし、俺は嫌な予感が走る。しかし、それを追求する時間は無く、


 「みゅー!」

 「みゃー」

 『あら、子供たちがぐずっているわね。スミタカ、悪いけど朝ごはんを頼むわね。それと名前、考えておいてね』

 「分かってるよ! 気を付けてな」


 俺はふたりに挨拶をすると、サッと目の前から立ち去って行った。すぐに子ネコを抱えて勝手口を閉めて鍵をかけると、一息つく。


 「ふう……あれだけ騒がしかったから、急にひとりになると静かになりすぎて怖いな」

 「みゅー」

 「みゃ!」

 「ああ、お前達が居たな。よし、とりあえず飯にするか!」


 台所に放った二匹が駆け出さず、ミルクをよこせと鳴くので俺はミルクを用意するため冷蔵庫を開ける。昨夜食材をかなり消費したので調味料以外は空っぽ。そして――


 「あ、やべ。ミルクも無くなってる」


 昨日、子ネコ達にあげた分で最後だったらしく、コップの三分の一にも満たない量だった。ついでに言うと、俺の朝食も買わないといけない。


 「みゃー!」

 「みゅー!」


 珍しく三毛猫も爪を立ててくるので、よほどお腹が空いているようだ。子ネコを抱きかかえてリビングまで行き、水を飲ませる。


 「みゅー♪」

 「お、少し満足したか。水道水だけどないよりはいいだろ。うーん、仕事はあるけど、時間は決まってないし、先に買い出しに行くか」


 時間は9時を過ぎたところなので、スーパーは空いていない。近くのコンビニで牛乳とサンドイッチでも買えばいいだろう。本格的な買いだしは帰りで……そんなことを考えていると――


 ピンポーン


 ――と、インターホンが鳴った。


 「こんな朝早くに誰だ? 宅配は……頼んでないな」


 友人は居るがもちろん朝9時に暇な人物は俺の思う限り存在しない。今は廃れた新聞の勧誘あたりかと思いながらインターホンに映る人影を見て俺は息を飲む。


 「げ!? 黛!? なんでこんな時間に俺んち来てるんだ?」

 (せんぱーい、まだ寝てるんですか? 昨日から全然出てこないんですけどー!)


 インターホンのスピーカーが黛の声を拾い、昨日も来ていたことが発覚する。何やってんだこいつ……

 

 黛 真弓。俺が辞めた会社の後輩で、俺が入社してから二年後に入って来た女性社員で、教育係をしていたことがある。

 そのせいかやけに懐かれて、やれ一緒に営業についてきてくれとか、ご飯や飲みに行こうとか誘われていた。仕事は出来るんだが、おっちょこちょいという感じで、たまにやるミスや寝坊のせいでプラマイゼロどころかマイナスイメージが付きまとう不憫なヤツなのである。

 この時間だとすでに出社していないといけないはずなんだが、どうして……?


 いまだに何やら喋っているのでご近所迷惑を考え、早いところ応答することにした。


 「……朝から元気だな、黛」

 「あー! 居た! 先輩、おはようございますっ!」

 「玄関で騒ぐな!? ちょっと待ってろ」


 俺は玄関へ行き、扉を開けると勢いよく入って来た。


 「良かった、ちゃんと生きてましたね! 昨日折角ボクが来たのに、全然でないから心配しましたよ? ずっと玄関で呼んでいたら警察官に怒られました! あ、もしかして居留守じゃないでしょうね! だって先輩ニートだから外に出――いたたたたたたた!?」

 「やかましいわ! 久しぶりってほどでもないけど、元気すぎるようだな?」

 「あ、あはは……」

 

 俺は黛のこめかみに拳を当ててぐりぐりしてやると、涙目でギブアップを連呼。ため息を吐きながら放し、用件を聞くことにする。


 「で、こんな朝早くにどうした? 会社は?」

 「容赦ないなあ……えっと、昨日の夕方に様子を見に来たんですけど、居なかったじゃないですか? もしかしたら家でSOSを出しているかもしれないと課長達に言ったところ、もう一回見てこいとの命令を受けた次第です」

 「課長ぉ……」


 あの人は面白がっているだけだけだが、と肩を落としていると、背後から子ネコ達がご飯を出せと要求する声を上げてきた。


 「みゅー!!」

 「みゃー!!」

 「え? 今のって猫の鳴き声……? しかも子ネコ! 先輩、上がっていいですか?」

 「いや、様子見だけなら俺は元気だし、もう帰っ――」

 「いいですよね!? きゃー! 子ネコちゃーん!」


 どたどたと家へと入っていく黛に、俺はもう何度目か分からないため息を吐いて玄関を閉めた……

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