その5 未知との遭遇


 「さて、と。見回りはこんなところか?」

 「……お、あんたは?」

 「あ、お住まいの方ですか? ええ、管理していた父が亡くなったもので、これからは私が見回りなどをするのでよろしくお願いします!」


 管理しているアパートのごみ集積所の片づけを終え一息ついたところで話しかけられる。咥えたばこにタンクトップを着た眠そうな目をした女性が俺に近づいてくる。

 ちなみにアパートを回って管理をするこの仕事。簡単なものだとは思っていなかったけど、実際仕事を始めてみるとこれが結構きつい。今やったゴミ集積場の片づけなんかはいい方で、変な落書き、放置自転車など、小さいことだけど、積み重ねるとなんとやらってやつだ。


 「あの人、死んじゃったのか……オッケ、アタシは202の『染井 サクラ』だ、よろしくな。あんたの親父さんには世話になったんだ。線香、上げさせてくれないか?」

 「そうですか……ええ、親父も喜ぶと思います。ウチはここの――」

 「――おう、サンキュ」


 俺は住民情報に名前があったなと、染井さんに住所を教えてアパートを去る。感情の起伏が少ない人だな……というか、十一時なんだけど仕事は? とか初対面でそれも借主に尋ねるのははばかられる。

 しかし親父がわけのわからない人物に貸すとは思えないので、何かしら職は持っているのかもしれない。


 ……胸、大きかったし……夜の、とか……


 「いかんいかん! さ、今日はこんなところにして帰るとするか!」


 我が家の子ネコにミルクを与えなければならないので、自身のお昼ご飯を買って帰路につく。本当はケージにでも入れて連れてきたいところだけどまだ離乳も終わっていないので家にある柵の中でお留守番だ。


 「やっぱりダブルチーズバーガーとコーラだな。追いコーラも買ったし、サイドメニューも充実させた。久しぶりにハンバーガーを味わうとするか……!」


 助手席に置いていた良い匂いを放つ袋を掴むと俺は自宅へと入っていく。どうでもいいことだが、付近にバーガー屋は二件あり、バーガークィーンとザクザクバーガーはどちらも捨てがたいが、今回はバーガークィーンを選んだ。

 

 リビングへ行くと、子ネコ二匹が足元にじゃれついてくる。


 「みゅー♪」

 「みゃー!」

 「おお、動きが速くなってきたなあ。ん、トイレもしっかりやってるな、偉いぞ」


 かなり懐いてきたし、言うことを聞くいい子達だな。あのまま拾わなかったら今頃、と考えるといい選択をした。

 さて、バーガーの袋を一旦台所に置いてミルクの準備をする。まだ飛び上がれないが、テーブルの上に置いて万が一楽しみにしていた昼飯をズタズタにされたら俺はこいつらをケージの中に閉じ込めなくてはならなくなる……


 「よーしよしよし、よく飲んだな」

 「みゅー♪」

 「げふ!」


 豪快に飲んだ雌サバトラがゲップをしてころころとカーペットに転がると、三毛が遊ぶためじゃれ合い始める。昼寝するかと思ったが、俺が出ている間に寝ていたのか元気いっぱいだ。


 「さて、それじゃ俺も――」


 と、匂いで寄られると食べにくいため、台所のテーブルにバーガーを広げたところで勝手口の向こう側に足音と気配を感じてドキッと飛び上がる。


 「……なんだ……!?」

 

 身を低くし成り行きを見守るが、相変わらず気配は消えず外でなにやらごそごそしている音が聞こえ、冷や汗が流れていた。

 しかしそこで、母親猫の墓のことを思い出して慌てて立ち上がると勝手口に手をかける。


 「街中でもハクビシンとかが出るって聞いたことがある。まさか荒らされているんじゃないだろうな!?」


 そして俺が勢いよく勝手口を開け放つと――


 「「うわああああ!?」」


 そこにはまったく見たことが無い金髪の女性が立っており、俺が驚くと同時に女性も驚きの声を上げて一歩下がる。


 「な、なんだあんた!? 勝手に人んちの庭に入ってきて!?」

 「に、人間……!? 崖に見慣れぬ建物が生えてきたというから来てみたら……なるほど、ここは人間の拠点か! 懲りもせずまた争いを始める気か!」

 「うおおおお!?」


 金髪美人は何事かを叫んだあと俺に向かって矢を向けてくる。おもちゃ……ではなく、矢じりがガチの金属だ。俺は慌てて手を前に出して叫ぶ。


 「待て待て待て!! 確かに俺は人間だが、あんたもだろうが!? それにこんな住宅街で弓矢なんて出したら捕まるぞ!?」

 「うるさい! どうせエルフの森にある神木を狙ってきたのだろうがそうはいかん、ここで排除してくれる」

 

 ギリギリと引き絞る音が聞こえ、これはマジでヤバイ奴だと判断する。見れば金髪美女の背後に見える風景は前に出た時と同じ、深い森が見える。

 ん? ……そういえばこいつ今妙なことを言わなかったか……? 睨みつける彼女をよく見ると――


 「お、お前……エルフなのか!?」

 「何をいまさら!?」


 見れば耳がとがっていて、ファンタジーな物語には欠かせないエルフという種族そのものだった。


 「ほ、本物……?」

 「この耳が証拠だ。なんだ? エルフを見たことがないのか……?」

 「そりゃ、まあ……」

 「変な男だな。だが、人間は人間。排除する……!」

 「ええー!?」


 なんだ? こいつは人間に恨みでもあるのか? あの指が放たれれば俺は間違いなく絶命する。かといって反撃をしようにも少々間合いが離れているので俺が襲い掛かる前に矢が放たれるに違いない。

 ……いや、距離が離れているならこれでいけるか! 後はタイミングを見計らって行動に移すだけだ!

 そう思っていると、意外と早くそのタイミングは訪れた。


 「みゅー」

 「みゃーん♪」

 「あ、柵を閉めるの忘れてた!? お前達、こっちに来たらダメだ!」

 「む!? 今のは――」

 「ハッ!? 今だ!」

 「何!?」


 自称エルフ女が子ネコの声に気を取られた瞬間、俺は勝手口の扉を勢いよく閉めた! 直後、カツンという乾いた音が響き――


 「ふぎゃ!?」


 という自称エルフ女の声が聞こえた。

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