その3 思い出は重いで
ニート二日目。
「いや、俺はニートじゃなかったな。正しきアパートオーナー、それが俺!」
当然ながら返事などあるはずもなく、俺は顔を赤くしながらベッドから出るとリビングへと向かう。
「……顔、洗うか……」
朝食は何にするか考えつつ、子ネコ達の様子を見るためリビングの端に置いていたケージをそっと覗くと――
「あれ? 居ない」
ケージの中はもぬけの空で、毛布をめくっても二匹は見当たらなかった。外には出られないからそこまで心配にはならないが、変なものを口にする可能性があるため探索を始める。
「おーい、どこだネコ達ー」
トイレや台所、登れないと思いつつも二階を探すが姿はない。一体どこへ……? そう思った瞬間、離れから『ちりん』と首輪の音が聞こえてきた。
「親父たちの部屋か!」
この家は俺のためにリフォームしてくれていてほぼフローリングになっている。
だが両親は古い人間なので畳がある和室をひとつだけ残し、そこを寝室兼自室にしていた。少し離れたところにあるその部屋へ行くと、中から子ネコ達の鳴き声がする。
「お前たち、ここはダメ……ああああああああああああああああああ!?」
「みゅー♪」
「みぃみぃ♪」
そこはすでに地獄と化していた。
ふすまに穴が開き、仏壇の水は倒され、畳に爪を立てつつ、親父のシャツをおもちゃにして子ネコたちが遊んでいたからだ。俺は慌てて子ネコを掴まえようと部屋に入ると、子ネコたちは部屋の隅に走り出す。
「みゅー!」
「みぃ!」
「あ、こら逃げるんじゃない! 遊んでんじゃないぞ!?」
しばらくドタバタと追いかけっこをする羽目になったが、まだ動きが鈍い子ネコはすぐ俺の手の中に納まった。
「みゅ!」
「女の子の方が元気だなあ。男の子はすぐに小さくなったのに」
サバトラの子ネコは不満げに俺の手に歯を突き立てて抗議の声をあげ、三毛猫は文字通り借りてきたネコとなったので大人しかった。リビングまで戻り、厳重に扉を閉めてから二匹を離すと元気よくカーペットの上でじゃれ合い始めた。
「おうおう元気だな。さて、朝食にするか……」
サッとパンをトースターに仕掛けてからスクランブルエッグとベーコンを焼き、牛乳を暖める。俺も飲むが、もちろん二匹のためでもある。さっさと出来上がった朝食を食べた後は子ネコ達の番。
「みゅー」
「みぃ」
「はは、ご飯の時は大人しいな。離乳食まで我慢だぞー」
ペットショップのお姉さんに聞いたところ生後2~3週間ほどで移行できるらしい。ただ、個体差があるのでそこは慎重にとのこと。子ネコを膝に乗せて牛乳を飲ませ始めると大人しくなったので、俺は苦笑しながらテレビをつける。
会社に行っていた時のクセと、子ネコが居るから早起きしたので朝のニュース番組が画面に映し出された。しかし、俺はテレビを見ながら首を傾げる。
「昨日の地震凄かったのにどこも報道していないな……?」
そう、あれだけの大きなものだったのに報道は無かった。
確かに一回大きい揺れがあっただけだし、外を見ても騒然とした感じは無かったので実は寝ぼけていただけで大したことは無かったのかもしれないな。
「お前達も静かだったしな」
「みゅ?」
「みゃぁん♪」
「さて、時間に追われていないとはいえ仕事はしておかないとな」
ネコ達の背中を軽く叩きながらげっぷをさせてやり、朝食の片付けをすると俺は着替えて出かける準備を始める。一応、昨晩親父の資料に目を通し、現状やるべきことを確認していた。
基本的に管理会社も間にいるのでそこまで負担は無く、たまにアパートの見回りと緊急対応をするくらいである。というわけで今日は管理会社との話をするため外出をする。葬式には来ていたが、きちんと話をするのは初めてである。
「よし、この範囲だけで遊んでいろよ? すぐ帰ってくるから」
「みゅ!」
「みゃー……」
リビングにペット用の鉄柵を張り、ケージにも戻れるようにした。トイレはまだ期待できないので、床には吸収性の高い敷物を置いた。おもちゃも置いているし、二匹なので寂しくはないだろうと、俺は自宅を後にした。
「いやあ、何だかんだで子ネコも可愛いな。女の子は気が強いのはご時世なのだろうか」
などとどうでもいいことを考えながら駅前の管理会社へと足を運ぶ。通学時間からは外れてしまったので人はまばら。満員電車に揺られていた少し前が嘘のようだ。
「おはようございます。昨日お電話した永村ですが――」
「はい? ああ、永村さん! ご無沙汰しております。前オーナーは残念でしたね……」
「いえ、杉崎さんが来てくれて親父も喜んでいると思います」
この白髪交じりの髪をきっちり整えている眼鏡の男性は『
会った当時は今の俺と同じくらいだったんだけど歳を取り、今では店舗を任されるほどになっていた。小さいころから知っているけど真面目にいい人なんだよ。
「うう……いや、歳を取ると涙もろくなっていけませんな。それで、今日は大家について聞きたいとか?」
「はい。親父が亡くなって俺が引き継ぎましたが、細かい部分はよく知らないので……」
「ふふ、相変わらず真面目なんだから。会社、辞めたって本当?」
「あ、ご無沙汰してます。郁子さん」
笑いながら俺にお茶を出してくれたのは杉崎さんの奥さんで名前を郁子さん。この人もここでずっと働いているスタッフのひとりである。面倒を見てもらったことも懐かしい。
「会社は……辞めました。税金を払っても相続した財産は多いですし、自分の貯金と合わせたら十分暮らしていけますからね」
「それはそうだけど……結婚して子供が出来たらお金って結構かかるのよ?」
「はは、今はそういう人も居ませんし、むしろ今後は人と接点が減るからさらに難しくなるかもしれませんね」
すると郁子さんはため息を吐いて、
「住孝くんはいい子なのにねえ。ウチの娘とかどう?」
「はあ!? いやいや、未来ちゃんはまだ高校生でしょう」
「はっはっは、何を言ってるんだい。未来はもう来年大学生だよ」
なんと……未来ちゃんとは言った通り夫妻の娘で、何度か会ったことがある。郁子さんの後ろでもじもじしている大人しい子だったな。それにしても大学生か、時が経つのは早いなと思いながら俺はレクチャーを受けることにした。
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