悪女ハーテュリア


 <ぐぬ、吸い込まれる――>

 「だ、大丈夫なの兄ちゃん!?」

 「知るか、しっかり掴まってろ! ……霧夜、無事で居ろよ」


 『向こう側』へ行く扉を潜った瞬間、真っ暗な空間を突き進む。背後で結愛が不安げな声で叫ぶ。だが、今は背に乗るみんなより霧夜だ。

 スメラギが飛んでいるようで、実は吸い込まれているという状況に不安はあるが、霧夜も『向こう側』へ出ることが確定しているなら少しはマシかと目を細める。


 「……まさか聖剣の女神が暗躍していたとはね」

 「俺達の出会いがあったのは嬉しいが、仕組まれていたのは納得いかないな」

 <向こうへ着いたらどうするのだ?>

 「まずは国王ゴーデンに会う。女神の目的はあの国みたいだからな」

 <出るぞ――>


 スメラギがそう言った瞬間、俺達の前に光のトンネルが現れ『向こう側へ』着いた。



 ◆ ◇ ◆


 「怜ちゃん、どうして……」

 『八塚怜は仮の姿、私は聖剣の女神ハーテュリアよ。ふふ、記憶を取り戻すことなく利用できて助かったわ真理愛』

 「てめぇ、ずっと俺達を騙していたんだな!」

 『チッ、うるさい人間ね。離しなさい!』

 「う、うお……!?」

 「坂家君!? 止めて怜ちゃん! も、もし彼を落とすなら、わ、わたしも落ちちゃうから!!」


 真理愛はハーテュリアの腕を振りほどこうとして暴れ出す。

 

 『こら、止めなさい……! 一先ず降りるとしましょうか』

 「ホッ……」


 埒があかないと近くの森に降り立ち霧夜と真理愛は地に足をつける。

 

 「た、助かった……」

 「なんでこんなことをするの? 修ちゃんに酷いことをして!」

 『うるさいわね……現地でやろうと思ったけど、もういいかしら……』

 「え? ……う」

 「おい、興津になにをしたんだ!?」

 

 ハーテュリアが目を合わせると、真理愛は糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、それを霧夜が支える。

 

 『うるさいから眠ってもらっただけよ。後は、このまま聖女の力を使うための操り人形にするだけね。……いいことしちゃう? あなたの好きなおっぱい、大きいわよ?』

 「ふざけんな! 俺は本庄先生一択だ!」

 『もう取られたじゃない』

 「うるさいな……!? というか八塚、お前そんなやつだったんだな……騙されていたぜ……」

 『ふん、騙したとは人聞きの悪いことを言うわね。最初からこういう性格だと思ったけどね? まあ聖女の生まれ変わりっての嘘だけど。さ、真理愛を渡しなさい』

 「馬鹿言うな、こいつが必要なんだろ? このまま逃げて――」

 『馬鹿は救えないわよ?』

 「がっ……!?」


 真理愛を抱え、踵を返して逃げようとした霧夜の脇腹に鋭い痛みが走り、膝をつく。振り返ると、ハーテュリアが面白く無さそうに目を細めて口を開いた。


 『女神の私から逃れられるとでも? ……同級生のよしみで連れて行こうかと思ったけど気が変わった。真理愛は連れて行くけど、あなたはここに捨てていくわ』

 「ま、待て……! 興津を置いて、いけ……!」

 『運が良ければまた会いましょうね、坂家君♪』

 「う、まずい……しゅ、修……すまねえ……」


 飛び去ったハーテュリアを追い、しばらく張っていたがやがて力尽き意識を閉じる霧夜。

 そこへ――


 「グルルル……」

 「グァァァ……」


 血の匂いに引き寄せられた魔物が姿を現す。

 獲物を品定めするように匂いを嗅ぎ、これはいけると思った魔物が大きく口を開けると――


 「たぁ!」

 「えい!! あっちいきなさい!」

 「ギャン!?」

 「ヒューン……!」


 あわや、というところで男女の剣士に霧夜が助けられた。


 「ふう、たまたま通りかかったけどあわやってところだったわね。……兄さん、この人ケガを」

 「ああ、あわやというところだったな。とりあえずポーションを使って、後は村へ連れて行こう」

 「そうね、私達がお世話になっている村へ連れて行きましょう! あら、結構……」

 「どうしたリズ、行くぞ」

 「う、うん!」


 異世界で捨てられ、そして異世界人に拾われた霧夜の運命や、如何に――

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