そして集まるカオス軍団


 母ちゃんの策である精神作用のある魔法を周囲に放つこと数十分。未だ効果は現れず、剣を掲げているのが恥ずかしくなってきた。


 「母ちゃん、俺はまだ掲げてないとダメか……?」

 「誘蛾……あ、違う、アンテナの役割を果たして欲しいのよね。スメラギちゃんの角にくくりつけてもいいけど、それだと修の魔力が飛ばないからねえ」

 <我は嫌だぞ……>


 どこから取り出したのか、母ちゃんがガムテープを手に真顔で言い、俺が引いていると下で八塚の声が聞こえてくる。


 「わ、ちょっと、酔っ払いはあっちに行ってください!」

 「ひっく……だめじゃよぉ、子供がこんな時間に出歩いちゃ……おぢさんみたいなのが居るからねぇぇぇぇ!」

 「いやあああああ!?」

 「【眠れ】!」

 「ふぐ……!?」


 颯爽と地上に降りた母ちゃんが酔っ払い親父の両こめかみを親指で突くと、崩れるように倒れ、母ちゃんはおっさんをベンチに座らせていた。


 「ふう……」

 「だ、大丈夫なんですか?」

 「ちょっと刺激が強いから色々引き寄せちゃうかもしれないけど、大丈夫。私が守るわ!」

 「心強いですけど……」


 八塚はベンチを見ながらこれで本当にドラゴンが集まるのか、という感じの顔をしていた。暗いからよく分からないけど多分声色でそうだと思う。

 そこで茂みが音を立てて動き出し、八塚が真理愛を抱きしめて体を強張らせる。


 「うおおお、なんかやる気出てきたぁぁぁぁ! 明日から職探しだぁぁぁぁ!」

 「ひゃあああ!?」

 「ホームレスかしら? 脳が活性化されたみたいね」

 「怖いですよ急に出てきたら!?」

 <ありゃ、なんか人影が増えてきたような……>


 ようやくなにか影響が出て来たなと思ったらロクでもなかった。さらに、スリートが前足をひょこひょこと動かしながら周囲を指す先に確かに人が集まっていた。


 「なんだ……気持ちが高揚する……! 結婚してください!」

 「嬉しい!」

 

 「もしもし、母さんかい? 愛してるよ」


 「げはははは、ハゲ部長がなんぼのもんじゃーい!!」

 「はははは! 課長もハゲてるじゃないですかああああ!」

 「髪の話はやめろお!?」

 

 

 ……カオスだった。


 公園を人達……主に会社員かカップルが通るたびに魔力に当てられてポジティブ気分になり、騒がしくなってはこの場を後にしていく。次の日が心配だが、俺達の目的のために多少の犠牲はやむを得ない。警察も徘徊しているし大事にはなるまい。


 そこで、半分寝ぼけていた真理愛が口を開いた。


 「あー、にゃーにゃだ……にゃーにゃ……」

 「あら、これはまた立派な茶トラね」

 「ねえ真理愛、起きてるの? 寝てるの?」

 「にゃーにゃは真理愛が子供のころ猫をそう呼んでいたぞ、多分寝ている」

 「可愛い」


 八塚の手を離れて、しゃがみ込んだ真理愛は毛が逆立っている茶トラを手招きして寄せようと試みる。あまり綺麗ではないので野良猫か……真理愛が病気にでもなったら困るので母ちゃんに声をかけておく。


 「母ちゃん、引っかかれるかもしれないから真理愛を頼むぞ」

 「任せなさいな」


 茶トラはなんとなくボス猫っぽい威風堂々とした足取りで真理愛……をすり抜けてスメラギの足元にへとやってきた。

 

 「にゃーにゃ……」

 「どうしたのかしら? スメラギに怯えるどころか前足を置いたわ。……あ!」

 「これは……ビンゴかしら?」

 <まだなにも感じませんが――>

 「……にゃー」


 茶トラはおもむろにスメラギの足に前足を置くと――


 「にゃにゃにゃにゃにゃ!?!?」

 「なんだ!?」


 雷に打たれたように飛び上がり、猫なのにマンガみたいな感じで顔から地面に落ちた。


 「だ、大丈夫……?」


 八塚がそっと手を差し出すと、茶トラはゆっくりと起き上がって前足で制しながら口を開いた。


 <大丈夫だ問題ない。少し頭がくらくらするけどな。それより、これはドラゴンか? なんでこんなところに居るんだ?>

 <お前もそうなのか? 我はカイザードラゴン。お前は何者だ>


 スメラギが首を下げて茶トラに顔を近づけると、二本足で立って腕組み……いや、前足組みをして話し出す。


 <今、急に記憶が奔流してきたが、俺はファイヤードラゴンだった者だ。今はしがない野良猫だ>

 「なんかカッコいいな。ドラゴンの時は語る前に戦ったし」

 <そうかい? ってあんた、昔の俺を知っているのか>

 「ああ、勇者シュウ、お前を倒した人間だよ」

 <……!>


 瞬間、頭の上に乗っていた俺に攻撃を仕掛けてくるファイヤードラゴン猫! 咄嗟に手ではたくと、顔面から地面に落ちた。

 

 <ぐぬ……あの時の礼をしようと思ったが……>

 「あの時は悪かったよ。俺も謀られていたんだ」

 <流石に無理ですって、ファイヤードラゴン。それより俺達に協力してくれやしませんかね?>

 <どういうことだ? ……まあいい、とりあえず悪いと思っているなら俺に飯をくれ、もう三日なにも食っていないんだ>

 「いいぜ、ウチに連れて行ってやる。母ちゃん、まだ続けるか?」


 ファイヤードラ猫が前足を出して握手を求めてきたのでそれに応じる。まだ続けるか聞いてみると、


 「そろそろ深夜二時、か。これ以上は魔力的にもあまりいい波が出ないからお開きでいいと思うわ。しょっぱなから一匹来たのは僥倖だったかも」

 「……まあ、他にも色々寄せていたけどな……。そういやお前の毛凄いな、めちゃくちゃ逆立っている。やっぱファイヤードラゴンだからかな」

 「そうね、茶トラは毛並みが……って逆立っているの毛並みじゃないわ!? ガムがくっついてる!?」

 

 八塚が後ろから抱き上げて驚愕の声を上げ、よく見れば確かにガムが固まっているようで、ガッチガチに毛が逆立っていた。


 <そういえば背中がかゆくて転がった時になにかくっついた気がしたが……>

 「それだよ!?」

 「仕方ないわね、帰ったらまず毛を刈らないとダメね」

 <茶トラだけに虎刈りか、それも悪くない>

 「なんでかっこつけてんだ……」


 そんなこんなでまずは一匹確保し、俺達は八塚を送って自宅へと戻る。

 余談だが真理愛は途中から立ったまま寝ていたりする――

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