現場と協力者


 修達が警察署に到着する少し前――


 「大家さんが来られました」

 「これはどうも、若杉と申します」

 「はあ、ご丁寧に……それにしても長谷川さんが殺人犯ですか、人当たりのいい方なんですけどねえ」

 「どんな人かお伺いしても?」


 若杉は昨日、犯人と思われる長谷川の家へ彼の上司と共に自宅へ向かったところ在宅しておらず、大家に開けてもらおうと尋ねたが留守だったため本日に改めて来訪したというわけだ。


 容疑者:長谷川 吉雄(29)

 

 大家に話を聞いてもやはり長谷川の上司と同じく『人当たり』が良く、『真面目』で『正義感』がある青年だとのこと。

 これだけを聞くと殺人事件の容疑者に成り得るのか、という疑問が沸いてくるが、むしろ『そういう人間』こそ一度壊れてしまうと取り返しのつかない行動を起こすようになるのだと、若杉は笑顔で話を聞きながら胸中で考える。


 そこで同席している長谷川の上司が口を開く。


 「無断欠勤もしたことが無かったんですがね……それが急に会社に来なくなって容疑者とは、私は未だに信じられません」

 「しかし、行方が分からないのは事実で、現場付近で目撃した人がこの名刺を拾った。まずは長谷川さんの身柄を確保しない限り疑いは晴れないでしょう」

 「では、部屋を開けましょう。引きこもっているだけかもしれませんし……」


 重い腰を上げる大家を見ながら、若杉は小さくため息を吐く。


 「(ここまで状況が揃っていて、期待をするのは発覚した後に辛いものなんだけどな。それにしても、真面目でキャバクラには通っていた素振りも無いらしいのにどうして狙うんだ……?)」


 若杉は大家と上司の後をついていきながら考察をするが、やはり当事者から話を聞く以外に確かなことは分からないかとマンションへ向かう。


 「では……」

 「お願いします」


 大家はまだ躊躇していたが、若杉が見据えると鍵を差し込んでドアノブを回すとゆっくり扉が開き、若杉を先頭に中へと入っていく。

 電気はついておらず、昼にも拘わらず真っ暗ななのはカーテンが閉め切られているからかと部屋の奥へ進む。

 間取りは平均的なワンルームで、玄関すぐ右にキッチン、左に水回りというもので三歩程度の通路先の扉を開くとそこには――


 「……これは!」

 「なにかありま……う!?」


 中に入った若杉が息を飲んで呟くと、すぐ後ろに居た上司が肩越しに覗き込み腰を抜かす。

 それもそのはずで、部屋の壁にびっしりと女性の写真が貼られていて、床の絨毯には血が乾いた後のようなドス黒い染みがあった。


 「……まさか!?」


 ベッドはもぬけの殻で、若杉は即座に手袋をしてクローゼットを開けると折りたたまれた女性の遺体があった。


 「う……」

 

 大家が口を抑え慌てて外に出る中、若杉はすぐに携帯を取り出すと、話をする。


 「僕だ、例の容疑者のところで大変なものを見つけた。ああ、構わない繁華街の店に写真と名前を回してくれ、それと長谷川のマンションに鑑識を頼む。神緒君達はどうだ? ……そうか、羽須さんもだな? とりあえず気を付けてくれ、ヤツの標的らしき写真に彼女のものがあった、僕達と一緒だったから運が良かったな――」


 若杉は宇田川に連絡しながら壁に貼られている写真に険しい目を向けて指示を出す。


 「(さて、問題は長谷川本人がどこに居るか、だ。写真は全て女性でしかも派手な服装ばかり。やはり水商売の女性をターゲットに? 羽須さんは顔を見られたから、というのは理解できるけど。……ん?)」


 そこで若杉は一枚だけ派手な格好をしていない女性の写真が落ちていることに気づく。


 「これは……」

 「そりゃ長谷川の彼女ですな、社のバーベキューの集まりで連れて来ていましたよ」

 「彼女か」


 なにか不自然な感じがする、と思いつつ若杉は警察関係者が集まるのを待っていると、やがて外が騒がしくなり若杉は上司を連れて部屋を出る。


 「さて、寝床は抑えたし、写真である程度動きは封じれるか?」


 そう呟いて同僚たちと合流するのだった。



 ◆ ◇ ◆


 ――一方そのころ


 「すみませんご足労いただいて」

 「いえいえ、構いませんよ! 怜ちゃんからお誘いがあればいつでも来ます♪」

 「おい、美月なんで俺はここに居るんだ?」

 「え、そりゃあ私の旦那様だからですよ? それに、電話をもらった時の話、私達なら理解できると思いますよ敦司さん」

 「ま、そりゃそうだが……」

 「にゃーご」

 「おう、慰めてくれんのか猫?」

 

 怜の部屋に人を招き入れ話をしていた。

 招かれているのは五条商事の親会社、二階堂グループの社長の一条 敦司と美月という夫妻で、八塚コーポレーションとは仲の良い企業である。


 「それで話ってなに怜ちゃん?」

 「その、お恥ずかしいのですが以前お二人は勇者と魔王と名乗る人達と会ったことがあると聞いて」

 

 怜がそう言うと、夫妻は顔を見合わせた後正面に向きなおる。


 「そうね、別に隠していないから知っている人は多いと思うけど、だいたい冗談だと言われるんです。どうしてその話を今?」

 「……それが、実は同級生の男の子が前世が勇者だって言うことが分かり、今起こっている事件にその前世の世界からの侵入者が来ているんです。人が誘拐されたり死んだり……だから、協力者は多い方がいいと思って……」


 そして夫妻に話をする怜。

 彼らの反応はというと――

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