少し変わる日常


 ――あの誘拐事件後、俺達の町には平和が戻った。


 八塚は聖女であるとフェリゴが言っていたが、前世の恋人であったカレンの記憶を持っていたりはしないようだ。真理愛が騒いで相当怒られたが、今では無事にガッコへも復帰している

 そしてフィオやエリク達の話によると、閉じてしまった門とやらを開くには相当な魔力が必要らしく、こちらから向こうへ行くことは殆んど不可能とのこと。

 

 ……ただ、魔王や魔族により国王が唆されてまたゲートを開いてこちらにちょっかいを出してくることはあるだろう。

 

 <どうしたのだシュウ、ぼーっとしているぞ>

 「あ、スメラギさん魚が焼けましたよ」

 <すまぬな、フィオ>

 「こいつ、お嬢様の家でいいもん食ってんだろ? 俺達の飯を取らないでくれよ」


 廃ビルの一角で俺の用意した七輪を使ってエリクが秋刀魚を口に入れながら悪態をつく。

 俺がぼーっとしているのはこの二人が原因で、確かに俺達の町は平和になったけどこの二人は向こうの世界の人間なのでこうやって隠れて暮らすしかない。

 元の世界に戻してやりたいと思うが、その方法を思いつかないのだ。


 「いや、お前達も元の世界に帰りたいだろうしと思ってな」

 「まあ、それはそうだけどシュウ兄ちゃんがご飯を持ってきてくれたりするからとりあえずは大丈夫よ? このテントと寝袋も悪くないし」

 「だなあ。ここも廃墟らしいけど、向こうの世界より快適だし」


 俺の小遣いで買える範囲のキャンプ用品を渡して生活してもらっていて、向こうの野宿に比べたら全然マシだと笑う。だけど両親が居るわけで、心配しているだろうと思う。

 

 「何かいい方法はないものか……魔力は俺達三人が使えるけど、門の開き方は知らないんだよな……」

 <わ、我も元の姿に戻ったら使えるぞ>

 「それも良く分かってないんだから除外だ」

 <ぐぬう……>


 まあ、スメラギが真の姿であればなんか開けそうな気はするけど、聖剣を呼ぶ用事もないためそのままにしてある。

 それよりも目下の悩みは学校帰りや休みにここへ来ているのがそろそろ限界だということだ。家族はいいが、真理愛と霧夜を誤魔化すのが難しくなってきた。


 <もぐもぐ……いっそお嬢か母君に話してみるか? ふたりの処遇を決めてくれるかもしれん>

 「う、うーん、母さんはともかく八塚はなあ……いや、恩人だと言えばなんとかしてくれるかもしれないけど……」

 「まあ、俺達のことはいいぜ? シュウの兄貴はたまに会いに来てくれればさ」


 考えても仕方がないと笑うエリクに肩を竦めて笑いかけ、俺も新鮮な秋刀魚を口にする。


 「でも、この世界を侵略して魔王はどうするつもりなのかしら? 少しこの世界を歩いてみたけどカガクヘイキとか立派な剣、それに銃とかいう遠距離武器もあるから、戦争になったら魔法があっても勝てないわよね」

 「魔王の狙い、か」


 国王の考えも気になるし、やっぱり向こうの世界についてのモヤモヤは拭ぐえないなと思う。するとフィオの膝にいたスメラギが首を部屋の入口へ向けて口を開く。


 <そこに居るのは何者だ? ゆっくり姿を現せ、攻撃してきたら容赦はしない>

 「……誰か居るのか? まさか――」


 俺は喉を鳴らし入り口を見る。向こうの人間がまた来たのかと緊張が走る。

 それはフィオとエリクも同じようで、それぞれ武器を手にいつでも動ける態勢になっていた。


 そして――


 「ふにゃー……」

 「猫……?」


 ――現れたのはボロボロの薄青い毛並みの猫だった。舌を出し、今にも倒れそうな猫を俺は慌てて支える。


 「随分酷い有様だな……首輪も無いし、野良猫だな。ほら、水飲めるか?」

 「!! にゃぁぁぁぁ!」

 「うわ!?」

 

 俺が水を差しだすと紙コップに顔を突っ込んでがぶがぶと飲み始めた。 


 「よほど喉が渇いていたのね。お魚食べるかしら?」

 「にゃーご♪」


 文字通りの猫撫で声で俺の膝に収まったままフィオの出した魚の半身に食いついた。アッという間に平らげた猫はげっぷをする。そこでスメラギの髭がぶるぶる震えていることに気づいた。


 「おいスメラギ、髭が反応しているぞ。なんかあるのか?」

 <ん? 確かに……この反応は……こやつからか!? 貴様、何者だ!>

 

 スメラギが俺の膝にいる猫に飛び掛かると、猫はひらりと回避し、顔を舐めた後――


 <いやいや、ご馳走様でした。おかげで十日ぶりの食事を取ることが出来ましたよ。それと、久しぶりですねえカイザードラゴン様>

 <なに……? 我を知っているのか?>

 

 驚くスメラギに、猫はおすわりの状態からこくりと頷き、口を開いた。


 <俺はアイスドラゴンですよ。そこの勇者に倒された、ね>

 「なんだと……!?」

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