現れる者


 【お、おお……オオオオオオオオオオ!?】


 絶叫――


 モーリジェンゴに化けていた魔族が青い血を流しながら叫ぶ声が聞こえてくる。不愉快な汚い声だと、俺は唾を吐いてから魔族へ剣を向けて告げた。


 「形勢逆転だな。どうやらこの剣でなら熱したバターでナイフを斬るみたいにやれるみたいだな」

 <それを言うなら熱したナイフでバターを斬る――>

 「……覚悟しやがれ!」

 <誤魔化した!?>


 カイザードラゴンに戻り、巨大化したスメラギが耳ざとくツッコミを入れてくるのを遮ってやる。


 ……あの炎に巻き込まれた瞬間、スメラギをキャッチした! と思った俺の手がスメラギの腹に飲み込まれ、手に聖剣の感触があった。

 『抜いた』と感じたその時、スメラギは猫からみるみるウチにドラゴンへと変化し炎を吹き飛ばし事なきをえたのだ。


 【ば、ばかな……それは間違いなく聖剣セイクリッドギルティ!? カイザードラゴンとの戦いで失われたはず……そのカイザードラゴンも顕現しているだと……】

 <どういうわけか分からんが、完全に復活した。魔族といえど、貴様程度なら我が全力を出さずともあの世に行けることは理解できるな?>

 【ぐ、うう……】


 後ずさる魔族の顔は苦悶に満ちていた。そりゃあもう勇者の俺でも相打ちが精一杯だったんだ、この魔族の実力がどれほどのものか分からないが、前の俺より強いとは思えない。


 【た、確かに俺では聖剣をもった人間とドラゴン相手に勝ち筋はない……だが――】

 「まずい!」

 <問題ない>


 腕を拾って俺達とは逆に向かって走る魔族の先にはフィオ達がいると思い駆け出す。しかしスメラギが火球を飛ばし行く手を遮った。


 【むうううううう!! おのれ……おのれおのれぇぇぇぇぇ! あと少しで世界が繋がるというのに!!】

 「ご苦労なことだが、ここでお前は終わりだ!」

 【貴様ごときに!】


 炎に阻まれて進めない魔族に背後から斬りかかる。奴は腕をくっつけてから俺に反撃を試みるが、先ほどまで脅威だった牙や皮膚がおもちゃにしか感じられない。


 【ぐわっ!?】

 「手加減無しだ、このまま決めるぜ!」

 【く、くそ……ま、魔王様お助けを……!!】

 <見苦しいな。人間には脅威だが、どうしてこのような弱き者を送り込んできたのか……>


 スメラギが呟いた瞬間、魔族の聖剣が胸に突き刺さる。


 【お、のれ――】

 

 口から青い血を吐きながら、血走った目を俺に向けて恨み言のように呟いた。これで終わり……そう思った矢先、魔族の背後に、子供の頭ほどの大きさをしたブラックホールのような穴が現れ、そこから手が伸びてきた。


 「な、なんだ!?」

 <この気配!? そのまま振り抜けシュウ!>

 「お、おう!」


 スメラギが慌てた様子で叫んだので、俺は胸に刺した剣を上に持ち上げて上半身を斬り裂いた。すると、魔族の頭を掴んだ手の主であろう、重く嫌な感じの声が聞こえてきた。


 【一足遅かったな……さあ、フェリゴよ。最後に華を咲かせてフィナーレを飾れ……】

 【ご、ごが!?】

 <チッ>

 「うわ!?」


 スメラギが俺を頭の上に乗せた瞬間、伸びた手が魔族の頭をぐしゃりと潰す。殺した……? そう思ったのもつかの間――


 【あ、あひゃはぁぁぁぁぁ!?】

 「嘘だろ!?」


 フェリゴと呼ばれた魔族の体がどんどん大きくなり、スメラギと同じくらいまで拡大。そして叫び声を上げながら襲い掛かって来た!


 【ぐぁぁぁぁぁ!】

 <むん!>


 フェリゴの拳を受け止め、工場内が大きく揺れた。フェリゴの傷は塞がっているが、理性は消えたようで、涎を垂らしながら拳を振る。魔法は使わなくなったが、巨体で動くだけでも暴力と言えるだろう。


 <まるで再生怪人だな、それとも怪獣大決戦か>

 「お前そんなの知ってるの!?」

 <父殿とお嬢が特撮? とやらが好きでな、我のようなドラゴンが火を吐いていたぞ>

 

 意外な趣味だ……今度話してみよう、俺も好きだし。それはさておき、巨体を揺らし器用に立ち回るスメラギに声をかける。


 「どうだ、倒せそうか?」

 <問題はない。が、決め手に欠けるな。我の爪と牙で徐々にダメージを与えているが、再生も早い。機を見て首を落とせるか?>

 「オッケー、任せとけ……!」

 【グギャァオォォォォォ!!】


 殴り合う巨大生物同士の戦いの隙を油断なく見極める。しかし、相手も中々力強く、身体を動かすので一撃を狙うには難しい……!


 「掴まえられないか!」

 <片手なら……!>

 【グゥウ!】


 右手をがっしりと掴み動きを止めると、残った拳でスメラギの腹や喉を狙い出す。


 <ぐぬ、大人しくせんかこの!! シュウ、いけ!>

 「もう少しだ、待ってろ!」

 

 とはいえ、この状態でも暴れまくるフェリゴをどうにかできるか? 一度下に降りたらリカバリーが難しい……一撃だ……俺が冷や汗をかきながら伺っていると――


 「くらえ! <禍つ水竜オミュニス!>」

 【グオ……!】


 ――エリクが足元で魔法を放つ! 威力は中程度、傷は少し。だが、やつはエリクに気を取られた!


 「今だ! くたばれぇぇぇぇぇ!」


 スメラギの頭から飛び出し、<飛翔>を加速させると、聖剣に魔力を込めて振り抜いた。

 

 「終わりだ」


 そう呟いた瞬間、絶叫を上げながらフェリゴの体が燃え上がり灰となって消えた――

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