事件
「おっはよー真理愛ちゃん!」
「おはよう、結愛ちゃん。ね、ね、聞いた?」
「うんうん。別荘! 兄ちゃん、いい娘と友達になったねえ」
朝からハイテンションでハイタッチをする幼馴染と我が妹。もちろん八塚の提案を話したからである。
結果はオッケーで、父ちゃんは仕事で無理とのことだが、母ちゃんはついてこれるとのこと。
むしろ――
「温泉とかあるのかしらね! 私、久しぶりにゆっくり休みたいのよね。あ、そうそう、この間向かいの近藤さんが旅行に行ったって言っていたんだけど、大型連休みたいな日じゃないとイベントとかもやってないらしくて結構普通だったみたいよ。連れて行ってくれる別荘って山みたいじゃない? 確かその山にはパワースポットがあって運気が上昇するとか言われているわ」
「なんでそんな詳しいの!?」
――と、母ちゃんは結愛より乗り気だった。
まあそれはともかく、真理愛の家も大丈夫みたいだったけど、おじさんとおばさんは家でのんびりさせてくれと懇願した末、真理愛だけが行くことになっていた。
「折角一緒に行けると思ったのに!」
「まあ、夫婦そろって同じ会社で激務だし、休ませてやれよ。おじさん達と一緒に過ごすなら無理に来なくてもいいんじゃないか?」
「修ちゃんを見張らないと怜ちゃんが危険だから行くよ?」
「俺をなんだと思ってんだよ……」
「あはは、真理愛ちゃんはそっちの心配じゃないでしょ? あ、それじゃ行ってきまーす!」
結愛が意味深なセリフを吐き、分岐路で中学へと走っていくのを見送り、俺と真理愛も学校を目指す。途中霧夜と合流し、別荘行きの話をすると、霧夜もオッケーが出たと笑っていた。
今日もいつもの、ルーチンワークのような一日が始まった……はずだったのだが――
「おい、神緒、坂家、ちょっといいか?」
「ん? 本庄先生、どうしたんだ?」
「お前たちに聞きたいことがあってな。職員室へ来てくれ」
「俺達、悪さはしてませんけど?」
三時間目と四時間目の間の休憩時間。本庄先生が教室に入って来て、俺達に声をかけてくる。そんな先生に、霧夜がにやっとしながら軽口を叩くが、本庄先生は真面目な顔で俺達に言う。
「いいから早く来い」
「……?」
若干焦っているような感じにも見える本庄先生の背を見た後、霧夜と顔を見合わせその後を追う。そして職員室……ではなく、生徒指導室へ入っていき、窓の外を見ていた校長の足元にバケツを置いたのがばれたのか? と、不穏な空気を醸し出す部屋へと入ると――
「あ、修ちゃん……!」
「真理愛? どうしてお前が。それと……八塚の親父さん?」
「八塚は居ないのにどうしておじさんが?」
――部屋には青い顔をした真理愛と八塚の親父さん、交互に目を向けていると親父さんが口を開く。
「確か、君は神緒君と言ったか……急に呼び出してすまない。怜の友達は君たちくらいしか知らないものでね……」
「それはいいですけど、何があったんです?」
俺が聞くと、親父さんが驚愕の言葉を吐く。
「怜が、学校に来ていないらしいんだ。朝、車で出て行った後、行方が分からない……」
「なんだって!?」
いつも昼にやってくる以外はわざわざ教室に挨拶をしたりしないので気づかなかったが、どうやら八塚は朝からいなかったらしい。
「で、でも車で来たなら運転手の村田……さんか執事さんなら何か分かるんじゃ?」
霧夜も少し慌てた様子で親父さんに尋ねると、
「今日の送迎は村田だったんだが、学校とはまったくの反対側に位置するスーパーに駐車していたところを発見された。怜はおらず、村田も白目を剥いて意識が無い」
「それってヤバくないですか!? 警察には!?」
「すでに手配済みだ。ここに来たのは、君たちが何か知らないか、もしくは怜の行先に心当たりがないか聞くために来たんだ」
藁をもすがる、という感じで力なく笑う親父さん。
だけど、友達になってから日が浅く、両親を嫌っている様子もなかった彼女が失踪する理由も分からない。一番高い確率は、村田の状況から見て事件に巻き込まれたことだろう。
「それじゃ何かあったらここに連絡を頼む。私は行くよ……無事でいてくれるといいが……」
「学校側も確認をしてみます。どうか気をしっかりもってください」
本庄先生にそう言われ、力なく立ち去っていく親父さんの背を見送る俺達。
「どこ行ったのかな……」
「わからん。警察が出ているならすぐ見つかるさ!」
「狙いはなんだろうな、やっぱり身代金目的の誘拐か……?」
「よし、話は終わりだ。悪かったな、呼び出したりして。そろそろ授業が始まる、教室へ戻るんだ」
「あ、ああ」
何かできることはないだろうか? 事件が多い中で動くのは危ないかとも思いつつ、後ろ髪を引かれながら教室へ戻る途中、渡り廊下を歩いていると、
「!?」
「……」
今のはスメラギじゃなかったか……?
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