夢の終わり、現実の始まり


 「――という夢を見たんだ」

 「早退した方がいいんじゃないか……?」

 「修ちゃん、帰るなら一緒に帰ってあげるわよ!」

 「人のおでこに手を当てて残念な人を見る顔をするな霧夜。んで、ただお前が帰りたいだけだろうが真理愛」


 昼休み――

 数学の授業で睡眠学習をしていた俺がそんな夢を見たと、中学の時からの友人である『坂家 霧夜さかいえ きりや』と、ウチの隣に住む幼馴染『興津 真理愛おきつ まりあ』に話すとそんな答えが返ってきた。

 

 まあ、ドラゴンと死闘を繰り広げたあげく相打ちしたなんて夢を話せば‟痛いやつ„と思われても仕方がないし、俺が霧夜にそんな話をされれば同じリアクションを取るだろう。真理愛は無視でいい。


 とまあ、俺こと『神緒 修かみお しゅう』が見たこの夢を話したのは初めてだけど、夢をみること自体は初めてじゃない。ほんの一年程前だっただろうか?

 俺はゲームの主人公のような人物として生活をしている夢を見るようになった。剣や鎧をつけ、同じく魔法使いや剣士の仲間とと共に笑いあり涙あり……そして恋愛ありというなんとも不思議な夢を。

 

 世界を脅かす八体のドラゴンを倒す旅らしく、その内七体を討伐できていた。

 だけど最後の一体は同士討ちになり、仲間と恋人を失い、自分も死んでしまうってのがさっき見た夢だ。

 

 「しっかしファンタジーな夢だな。でも相打ちなんて縁起が悪いな」

 「まあな。ゲームのやりすぎかな? ま、それより放課後はどうする?」

 

 霧夜がコーヒー牛乳を飲みながら縁起が悪いと肩を竦める。口は悪いが、友達を心配してくれるいいやつである。これ以上夢について話すこともないだろうと話を変える。


 「今日は真っすぐ帰るよ。最近物騒だろ? 早く帰って来いって親がうるさくてさ」

 「ああ、そういや繁華街で女の人が行方不明になったらしいな」

 「そうそう、ウチのお母さんも『あんたも一応女の子なんだから早く帰りなさいよー』って言ってたわ」

 「それはおばさんにもうちょっと怒っていいと思うぞそれは。じゃ、今日はさっさと帰るか」

 「だねえ。まああたしは修ちゃんが守ってくれるだろうから心配してないけどね!」

 「相変わらず仲がいいことで羨ましいね。お、チャイムだ、また後でな」


 霧夜がそう言って立ち上がり自席へと戻り、別クラスの真理愛は『またね!』と手を振って弁当箱を手に出て行く。先生が来るまでの間、窓際の席である俺は外に目を向けながら頬杖をつき、先ほどの話を反芻する。

 最近、各地で行方不明者や怪奇現象が度々起こっていて、先日ついにこの町の繁華街でキャバ嬢が行方不明になるという事件が起きた。他の地域だと、見たことが無い犬が居たとか夜に教会の神父のような人間が現れたとか変なことも起きているらしい。


 「まあ、キャバ嬢が男と逃げたってのが濃厚らしいけど……。ん? あれは……」


 窓の外を見ていると校舎から校門へ向かって歩いていく女子生徒が目に入った。長い栗色の髪を後ろで編んでいる後ろ姿は見覚えがある。同学年で一番の美少女だと言われ、成績も上位に入る『八塚 怜やつづか れん』だ。さらに大企業、八塚コーポレーションの娘なので金もある完璧な人物である。


 「早退か?」


 視線を八塚の先に向けると校門に豪華な車が止まっており、やはり早退なのだと肩を竦める。ま、こんなご時世だから早めに帰そうとするのは分からんでもない、まして一人娘ならなおさらだ。


 「よし、眠いだろうけど授業を始めるぞ」


 おっと、俺みたいな普通人には縁の無いお嬢様よりも授業が大事だ。そう思いながら俺は教科書に目を向けた。



 ◆ ◇ ◆


 「きりーつ! れい!」


 「くああ……終わった……」

 「帰りどうする? マッグ寄ってく?」

 「いや、事件がさ――」

 

 ようやくくっそだるい午後の授業が終わり、めでたく放課後となり、クラスメイトもこれからの予定に色めき立っていた。

 俺も椅子に座ったまま伸びをすると、背骨がごきごきといい音を立ててくれる。そこにカバンを持った霧夜が俺のところへやってくる。


 「よ、豪快に叱られたな。あそこまで堂々と居眠りができるのは素直に凄いと思ったぞ」

 「まあな。古文は俺の宿敵と言っていいだろう……俺が悪いんじゃない、面白くない授業をする先生が悪いんだ……」

 「責任転嫁するなよ……。まあいい、帰るとしようぜ」

 「んだな。真理愛のクラスに行くか」


 俺達はクラスメイトに挨拶をしながら教室を出ると、真理愛の居る1-Bへ向かう。俺達の1-Dからふたつ隣だ。


 「うーっす、真理愛はいるかー」

 「あ、修ちゃん! いるいる、めっちゃいるよー! 帰る?」

 「ああ、今日は霧夜も真っすぐ帰るから遊べないし、昼間の話じゃないけど物騒だからな」

 「はーい! それじゃめぐちゃん、あたし帰るね、また明日!」

 「はいはい、毎日飽きないわねー。あんた達の家、繁華街を通って帰ったら近道だけど、しばらく止めときなさいよ」

 「おう、サンキュー!」


 真理愛にめぐちゃんと呼ばれた女子生徒に手を上げて俺達は1-Bを出て行く。背後から『くそ、幼馴染……羨ましい……』と恨みがましい声が聞こえてくるのは、真理愛が八塚に近いレベルの美少女であることに他ならない。


 「どしたの?」

 「いや……行くか」


 顔を覗き込んでくる真理愛から目を逸らして歩き出す。まあ、見慣れている俺でも可愛い顔をしているなとは思う。ただ、まあ、性格がな……


 「修ちゃん修ちゃん、あの服可愛い! 今度の休みにショッピングしようよ」

 「小遣い使ったって言っていなかったか?」

 「多分お父さんに言えば……!」

 「いや、確かにおじさんはお前には甘いけど、バレたときのおばさんのことを考えた方がいいんじゃないか」

 「う……」


 俺の言葉に呻く真理愛。

 こいつ、見た目も名前も可愛いのに基本的に直感で行動することが多く、それで失敗することは数えきれない。その度に俺が助け舟を出すことも、また多かった。


 「興津の小遣い事情は分からないけど、それは止めた方がいいかもしれないぞ」

 「え?」

 

 不意に霧夜が口を開き、顎で道の向かい側に見える繁華街を指してきたので俺と真理愛もそちらに目を向ける。すると、そこには数台のパトカーが止まり、野次馬が群がっていた。


 「また何か事件くさいな」

 「こう何度もあると、やっぱり怖いわね」


 霧夜と真理愛がそれぞれの感想を口にする中、俺も何か言おうとした瞬間、ふと視線を感じた。


 「……猫、か?」

 

 レトロなプラスチックのゴミ箱の上に箱座りをした三毛猫が俺をじっと見ていて、これが視線の正体だと悟る。雄なら貴重だな、などとアホなことを考えながらも、どうしてかその猫から目を離すことができず、猫と見つめ合う。


 「どしたの修ちゃん?」

 「はっ……!? あ、いやあそこの猫が――」


 真理愛に声をかけられ体がビクッと強張り目の前がバチっとなった。俺は慌てて指差すが、


 「あれ、居ない」

 「猫居たの? あたしも見たかったあ!」

 「野良猫か? このご時世に珍しい。……さて、それじゃここでお別れだ。また明日な」

 「坂家君、ばいばーい! またねー!」

 「声でけぇ! じゃあな霧夜、行くぞ真理愛」


 霧夜と別れ、俺と真理愛は真っすぐ家に帰る。

 家まで送ると、真理愛んちのおばさんが安堵のため息を吐き、今日繫華街のコンビニで強盗傷害事件があったことを知らされた。


 だが、俺達には遠い世界の話にしか聞こえず、犯人は捕まっていないが、死んだ人が居ないことが良かったなと話しながら帰宅を完了する。


 そして、昼間の夢以外は何の変哲もない一日が終わる……はずだったんだが――

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