現代に転生した勇者は過去の記憶を取り戻し、再び聖剣を持って戦いへ赴く
八神 凪
さらば、勇者
――赤い……
――――とても赤い……
――――――赤く染まる視界……
――――――――そして頭によぎる、俺が産まれてから今までの記憶――
「っ……はぁっ……!」
――それを思い起こす前に、〝俺〟は頭を振って意識を取り戻す。
「い、今のが死ぬ前に見ると言われている走馬灯ってやつか……へっ、まだだ……まだそれは早いんだっての」
<ほう、まだ意識があるとはな>
「お、おあいにく様だったな、このとおりまだぴんぴんしてるぜ」
目の前に立つ黒紫の鱗を持つドラゴンが目を細めて〝俺〟に声をかけてくる。
死んだと思っていた、そういうニュアンスを暗に含む言い方だが間違っていない。強がっちゃ見たものの〝俺〟はもう虫の息で、立っているのがやっとだ。
<愚かな。そこに倒れている仲間共々死んでいれば良かったものを、苦しむのは嫌であろう?>
倒すべきその存在は憐れみをまとったその言葉を放ち、俺の近くで倒れている三人の仲間に目を向ける。
最初に視界に入ったのは銀髪の大男、バリアス。
歴戦の猛者である大剣使いの彼は勇者である〝俺〟に誘われ、目の前に居る邪悪なドラゴン討伐を受けてくれた。酒飲みだが気のいい男……だった。
バリアスが倒れている雪の絨毯は真っ赤に染まり、ピクリとも動かない。雷の力を宿す大剣が二つに折れ、力尽きているのだろうと分かる。
そしてバリアスの隣で仰向けに倒れているのは賢者のミモリー。魔力・知識では誰にも負けない彼女もまた、息をしていないことが見て取れる。
「……無事に帰ったらバリアスと結婚するつもりだったってのにな……」
<我が同胞を倒しここまで来たのは簡単に値する。だが、相手が悪かったな。
「上等……だ、俺が死ぬまで油断するんじゃねえぞ……!」
<強がりはよせ。立っているのもやっとなのだろう? ……騙された貴様の立場には同情するが……さらばだ>
騙された? こいつは何を言って――
「ぐあ……!?」
ドラゴンの言葉に〝俺〟は訝しむが、奴は俺に右手の爪で攻撃してくる。ダメだ、そんなことを考えている場合じゃない! 殆んど無意識で動かした剣が爪を弾き、俺は地面に転がされる。
「ま、だだ……」
<……立ち上がるのか。いたぶるのは我の趣味ではない、その頭を嚙みちぎって終わりにしてやろう>
来るか……! くそ、右目に血が入って見えない……奴が大口を開けて迫ってくるのが分かっているのに何もできないまま死ぬのか〝俺〟は!?
<さらばだ、人間の勇者よ!>
迫るドラゴンの頭。
――死ぬ、そう確信する。体は動かず、魔法を使う隙すらない。……足掻く意味などあるだろうか?
「……!」
しかし、〝俺〟は横たわるもうひとりの仲間の姿を見て、靄がかかっていたような脳がクリアになる。
「終われない、終われるものか……! せめて一撃、こいつが人間に手を出せないくらいの一撃を……!」
できることは少ない。まともにやって勝ち目なんて無いだろう。この後〝俺〟は噛まれて死ぬ、それは間違いない。
――ならば!
<なに!?>
「喰らえぇぇぇぇぇ!!」
〝俺〟は体を動かし、頭を噛みつこうと迫っていた口に、左手に持ち替えた聖剣『セイクリッドギルティ』をドラゴンの口に突っ込んだ!
<馬鹿め! このまま食いちぎってくれるわ!>
「があああああああああああああああああああ!?」
持っていかれた……!
〝俺〟は弾き飛ばされるように地面を転がる。左腕どころか心臓付近まで食いちぎられ、真っ白だった雪が一瞬で赤に染まる。耳に俺の腕を飲み込む音が何故かはっきり聞こえた後、ドラゴンが話し出す。
<……悪くない攻撃だったが、我の喉までは届かなかった。残念だったな。聖剣は我が胃の中。これで我を倒そうなどと考えることもあるまい。ゆっくり眠れ、人間の勇者>
そう言って踵を返そうとしたドラゴン。その背を見ながら口を開く。
「の、飲み込んだ……飲み込んだか……そうか……」
〝俺〟は笑いながらそう呟く。
<死にかけで気がふれたか? 放っておいても死ぬが、今、楽にしてやろう>
「せ、聖剣セイクリッドギルティは……魔力によって切れ味が変わる……そ、それをお前は今、飲み込んだ、な……?」
<それがどうした……?>
〝俺〟はにやりと口を歪め、続ける。
「魔力は取り込めば取り込むほど威力は増す……だ、だが、この手を離れれば意味はねぇ……でも、今、お前は俺の左腕と一緒に飲み込んだ……こ、これが……どういう意味を持つか――」
魔力で繋いだ神経……それに集中し、俺は聖剣に魔力を送り込み続ける。
<な、なんだ!?>
膨らんでいく魔力に驚愕の声を上げるドラゴン。もう、遅い。今から吐き出そうとしても絶対に間に合わない。
「――身を持って知れ!!」
<う、うおおおおおおおおおおおおおおお!?>
直後、ドラゴンの腹が膨れ上がり、鈍い爆発音が響き渡る。そして、白目を剥いたドラゴンが、口から煙を吐きながら大きな地響きと共に崩れ落ちた。
「た、倒した……か? ……いや、もう確かめる術はねえ……か……」
薄れゆく意識の中、俺は偶然にも近くに横たわる仲間に右手を伸ばす。〝俺〟の仲間であり、最愛の人へ。
「わ、悪いな……カレン……守って……やれなくて……」
這いずってそこまで行き、カレンの手を掴むと自然と涙が溢れてくる。そして出会ったころからのことを、思い出す。緊張が解けたからだろうか? 吹雪の音がやけに耳に障る。
「ああ……うるさいな……これじゃカレンがゆっくり眠れない……だろ――」
それが〝俺〟の最後の言葉だった。
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