第5話 女の体の話


 疼くように痛む腰と下腹部を擦る手の感触とほんのりと温かくなっていく感覚にゆっくりと目が覚めた。

 無意識の間に痛みを和らげようと自分で擦っていたのかと思ったら目の前に自分の両手があってびっくりする。


 横向きに眠らされていたからそろそろと首と視線を動かすと背中側にパイプ椅子に座っている黒岩がいた。


「起きたか」

「……うん」

「クソっ、まだ痛むな」

「え?ていうか、あたしの腰とお腹擦ってんの黒岩なの!?」


 勝手に触らないでいで欲しい!

 嫁に行く予定がなくても一応嫁入り前なんだけど!?


 え?でも待って。


 感覚というか感触はあるけどかけられている毛布が動いている様子はないから実際は触られていないみたい。

 急に動いたら大変なことになるからそっと、ほんとにそぉーっと上半身を起こして黒岩を見ると左手で下腹部を右手で腰を撫で擦っていた。


「直接じゃないけどおれのを擦ればそっちにも共有されるだろ?」

「ん、まあ確かに」

「それに擦ってると痛みが和らぐし」


 ああそっか。


 この痛みも流れる感触も気持ち悪さも怠さも全部。

 黒岩も感じてるのか。


「ごめん配慮が足りなかった。金光さんが生理ならやめておいた方がいいっていってくれたのにあたし自分のことしか考えてなかったわ」


 男なら感じたことがない痛みだったはずだ。

 あたしだって気を失うくらい辛いものを予備知識も心の準備もないまま、いきなり共有させられたんだもんな。


 そりゃ災難だ。


 あたしが恥ずかしいとか面倒だなって思わずに断っていれば避けられたこと。

 本当に申し訳ない。


 頭を下げたあたしに黒岩は「いや、いい経験をした」って答えた。


「女性は毎月こんな辛い思いをしていたんだな。正直ここまでとは。聞いていた、知っていた、だけよりも実際我が身に起きた方が理解が速い」

「まあ月経って人それぞれだからさ。女同士でも軽い人は”生理くらいで”とか平気でいう人もいるし」


 まさか異性の同僚と生理について語り合う日が来るとは思わなかったよ。

 だけどこういうのって本当は恥ずかしがったり、隠したりせずに理解し合えるように話し合った方がいいんだろうな。


 まだまだ日本の性教育は低いし、性について堂々と話すのはタブーみたいなところあるし。


「あたしさ。結構重いんだよね」

「……分かる」

「中学の保健の先生は理解があったし「大変だねってよくなるまで休んでいってね」みたいな人だったんだけど、高校の時の先生は「生理は病気じゃない」「痛いなんて噓でしょ。サボりたいだけなんじゃないの?」って全否定でさ」


 正直ショックだったよね。


 貧血で倒れても朝ごはん食べてこないからだってお説教するくらいの人だったから、もう諦めて痛みが来る前に薬飲んで朝からひどかったら学校は休んだりしてた。


「でもさ。サンダーソニアができたらそういうの無くなるわけじゃない?どれだけ痛いか知ってもらえる」

「そうだな」

「あたしと同じ経験したことがある人っていっぱいいると思うんだ。そういう子たちがもう傷つかないで良くなればほんともうハッピーじゃない?」

「そのためにも頑張らないとな」

「そうだね」


 黒岩が一生懸命に撫でてくれたので痛みも治まったし体も温まった。

 にっこり笑って「ありがとね」っていったらなぜか目を逸らされたんだけど。


 ちょっと感じ悪くない?


「そういえば薬服用してからどれくらい経ってんの?」

「そろそろ一時間くらいになるか」


 ふむ。

 錠剤だから効果が出るまではたしか十五~三十分くらいだったはず。

 新しい薬だし宇宙の技術で開発されてるやつだからなんともいえないけど。


「だいたい三十分くらいは持続してるってことだよね?」

「錠剤の方が持続時間は長くなるが」

「一体どれくらいで効果が切れるんだろう」

「長くて四~六時間」

「え?そんなに?」


 ますます申し訳ない。

 痛みは薄まったけど経血や生理用品の不快感を黒岩が共有し続けるのはかわいそうすぎる。

 そしてそれを感じられているあたしの方のメンタルもかなりヤバい。


「中和剤をもらってくるからそこで休んでろ」

「え?あるの?」

「当たり前だろ」

「よかった。ならすぐもらってきて飲もう」

「金光さんに根掘り葉掘り聞かれるだろうから戻りが遅くなるかもしれん」

「あー……」


 そうだよね。

 そうなるよね。


 仕方ない。


「なるべく早く戻ってきてくれると助かる」

「分かった」


 立ち上がった黒岩がドアの方へと歩いて行く。

 そのまま出て行くんだろうなって思っていたら振り返って真面目な顔でこっちを振り返った。


「おれのことは気にせずトイレだろうがなんだろうが行っていいからな」

「ああ、うん。ありがとう」


 そんなこと微塵も考えてなかったけど、そう言われれば感覚を共有している状態でトイレに行ったことはまだなかったな。


 その初めてがまさかの出血大サービスデーだなんて。

 自分の決断をこれほど後悔したことはない――いや、あったな。


 推しのレアカードをゲットするために貯金していたのに、インフルエンザにかかって寝込みイベント参加もできなければ推しを手に入れることすらできなかったあの世界の終わり感。


 それに比べればまだマシ。

 自分の尊厳など知ったことか。


 相手が黒岩なら今更みたいなとこあるし。


「じゃあ後でな」


 手を上げた黒岩に手を振り返して、あたしはもそもそと動いてトイレへと向かった。



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