第4話 本日出血大サービスデー
開発部へ出向して二週間。
その間サンダーソニアの服用は三度ほど。
飲む量の調節で持続時間がどれだけ変化するかの実験を経て、今は液体から錠剤の調整作業をしているらしい。
開発部にとってあたしは部外者である。
当然やれることといったらお茶くみとコピー取りと不要な書類をシュレッダーにかけるくらい。
金光さんに呼ばれない限りはなんもできることないんだけど、暇ってだけで相当なストレスなんですがね?
特にこういうホルモンバランスがガタガタな時は少し忙しいくらいが気が紛れていいのに。
イライラも怠さも眠気も鈍い痛みも全部一緒になって襲ってくるのほんとツラい。
仕方なく。
本当に仕方なくスマホでらぶふるの検索をして時間を潰す。
楽しいはずなのに罪悪感がすごい。
悲しい。
ツラい。
「桐くん!黒岩くん!できたよ!」
白衣を翻して金光さんがやっと姿を現した。憎い宇宙人のはずなのに天使に見えるのはなんでだろうね?
退屈なあたしを救ってくれるならなんでもいいよ。
「やっとですかぁ?金光さん」
「おや?待ちくたびれちゃったかい?いくら天才宇宙人の私でも無から有を産み出すのには時間がかかるよ」
「ん?無から有?そもそも宇宙に液体の薬があったんだから錠剤も元からあったのでは?」
「サンダーソニアは私が最近開発した薬だよ。宇宙技術を使ってるだけで元々あったものじゃない」
え?そうだったっけ?
え?でも待って。そんな最近作ったばっかりの薬をあたしと黒岩に飲ませて人体実験してるってこと!?
「安全性は大丈夫なんですかね!?」
「今さらなに言ってんだか。副作用も健康被害も確認されてないだろう?」
「知りませんよ!あたしにはなんの資料も見せてくれてないじゃないですか!」
「桐くんだけじゃなく黒岩くんも資料を見たことないから安心していいよ」
開発部の人間で実験に参加してる黒岩でさえ詳しいことは教えられてないってどういうこと!?
「全然安心できません!」
「安心できなくても事実、桐くんに薬を服用した後に弊害は無かっただろう?それが証拠だよ」
「副作用は直ぐに出る物ばかりではないでしょう?薬害は長くて数十年後に出る場合だってあるんですから」
金光さんがにこりと笑ってあたしの肩を抱いて囁く。
「そんなに興奮して、あれかい?女の子の日ってやつ?」
いくら女同士とはいえそんなに親しくもない相手からそんなこと言われて「はいそうです」と答えられるわけがない。
別に認めてもいいんだけどストレスマックスのせいで反射で「違います!」って返していた。
「ふぅん?」
「……なんですか」
半眼で睨みつけていると金光さんはスンッと鼻をならしてから「嘘はいけないね」と真顔になる。
「体温の変化やホルモンバランスや体調の良し悪しは実験の結果に関わってくるんだ。もし桐くんが鎮痛剤を服用した後なら今日はサンダーソニアを使うのはやめておいた方がいいんだけど」
でも違うと桐くんが言うのなら。
「はい。飲んで」
「え」
これは対応を間違えたかもしれない。
「あの」
「早く」
くっ!押しが強い!
錠剤を二粒手のひらに握らされた。いつの間に用意したのか水の入った紙コップも左手に持たされる。
「黒岩くんも早く」
「……はい」
渋い顔で黒岩は口に薬を含むと水で一気に流し込んだ。
えっとこれってあたしが飲まなかったらどうなるのかな?
感覚を共有する相手がいなければなんにも感じないだけだろうけど――貴重な実験薬を無駄にしたとかって損害賠償を求められたりしないよね?
せっかく高額の特別手当てを貰ってるのにそれ以上の金を求められたりしたら。
あたしの推しへのウキウキ課金ライフが奪われてしまう。
それだけは避けなければ。
ありがたいことに鎮痛剤はまだ飲んでない。
ホルモンバランスと体調不良は病人や怪我人にも使用する予定のものなんだから多分そんなに問題はないはず。
あたしは手の中の薬をパクリと咥えて、えいや!と水で飲み下した。
大丈夫だって確信はあったけどやっぱり不安はあって、ドキドキしながら薬の効果が出るのを待った。
だけどなかなか効果が現れない。
いつもなら飲んで直ぐに体が温かくなって変化が出るのに。
え?もしかしてまずい?
「どうかしたかね?桐くん」
青くなっているあたしを見て金光さんがにんまりと笑う。
「えと、あの、なんにも感じないので」
「当たり前だろ。錠剤が溶けて効果が出るまでは時間がかかる」
なにバカなことを言っているんだと黒岩に突っ込まれて効果がでない理由を知りほっとした。
「そっか。そうだよね。ありがと黒岩」
「おいおい大丈夫か?」
「あはは……どうだろ」
力が抜けて椅子に座り込んだとたんにじわじわと痛みがやって来た。
あぁ、まずい。
鎮痛剤飲みたい。
でもサンダーソニアを飲んだばかりだ。
「っく……!」
「おい、桐、お前」
吐きそうなくらい気分が悪い。血が一気に下がって唇が震えた。
「おま、ちょ、なん、だ、この痛みは」
視界が狭まっていく向こうで色を失っている黒岩が見えたけど。
強い痛みと貧血で意識が朦朧として。
ああやっぱり正直に出血大サービスデーでしたって認めておけばよかったな、なんて今さら後悔しても遅いのだ。
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