ゴールのない小説

橋本洋一

終わりのない終わり

「うん? なんだこの本は?」


 信司が手に取ったのは一冊の小説だった。大して分厚くなく、表紙に『十個の物語』とだけ書かれている。

 それが自分の部屋の机にあった。誰だろう? この部屋に入れるのは恋人の美雪しかいないのに。さてはあいつの悪戯かと思った信司は何の気なしに本を開いた。


『第一話 おうち時間があたりまえになったら』


 自分と同じ名前の『信司』が未来のおうち時間を過ごす物語だ。中には恋人の美雪の名前もある。それになんと彼女との子供も登場する。


 おそらく短編集なのだとこの時点で信司は分かった。

 一話の量が少なかったからだ。


 読んだ感想としては、ただのSFだと思った。

 発想もさほど特筆するところはない。

 しかし、物語の入り口としてはあっさりとしているのではないだろうか。


『第二話 走らないと生き残れないとは知らない』


 これもまた、自分と同じ名前の信司が出てくる。

 多分、主人公は全て信司なのだろうと分かった。


 ただひたすら走る物語。

 単純に何かから逃げ続けなければいけない恐怖を描いているのだろう。

 オチは予想できる者はできそうだ。

 もう少し長めに書いてほしいと思った。


『第三話 正しい選択という名の甘い毒』


 一読してあまり好ましくないと思ってしまった。

 確かに、そんな能力があれば便利だが、そのせいで……

 これに自分と恋人の名が使われているのは、不愉快だった。

 俺は絶対に主人公と同じ選択をしないなと思った。


『第四話 ニジンクが食べたい』


 これもまた不愉快というかグロすぎる物語だ。

 どういう考えで書いたのか作者に文句が言いたい。

 ……まあ登場している信司は自分ではないと分かっているが。

 むしろそういう気持ちにさせるのが目的なのかもしれない。


『第五話 スマホによる誘導と誘惑、及び人間の安易な従順』


 これは素直にぞっとする物語だった。

 第三話と同じテイストだが、それをやっているのがAIだと思うとぞっとしてしまう。ありえないと言いたいが、どこかありえそうだった。

 某評価サイトに頼るのはやめようと思った。


『第六話 苦悩する小説家志望』


 独白と言うか、一切台詞のない小説だった。

 創作をしている者の苦悩を描いていると言えばいいが、前に読んだ作品と比べて少し変わっていた。まあ信司が主人公であるのは同じだけれど。

 何が言いたいのか、まったく理解できない。


『第七話 21回目のノックの意味』


 こうした生活は嫌だなと素直に思った。

 自分の正気を騙しながら生きることは不幸だと思う。

 そりゃあ正気でいたら決して生きられないだろうけど。

 今まで読んだ作品の信司、ろくな目にあっていないな。


『第八話 尊い貧者、下賎な王子』


 ホラーだと思っていたら、意外な物語だった。

 方向転換したみたいに、まるっきり違う物語だ。

 結局、彼女は本懐を遂げられたのか?

 それが気になる終わり方だった。


『第九話 ソロになった日』


 これは自尊心の話であり、くだらないプライドの話だ。

 主人公は満たされていると思っているが、そんなことはない。

 ただのまやかしだ。あるいは幻想だ。

 独白なのはソロとかけているのかと思ったが、そんなことはどうでもいい。


 さて。最後のページをめくる前に、気になる一文を見つけた。


『終わりのない物語を書いてみたかった』


 題名とは思えない。

 いったいなんだろうか?

 信司はページをめくった。


『最終話 ゴールのない物語』


「うん? なんだこの本は?」


 信司が手に取ったのは一冊の小説だった。大して分厚くなく、表紙に『十個の物語』とだけ書かれている――

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ゴールのない小説 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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