これからだ

コタツの猟犬

いつだって

(なんで、なんでなんだよ…………

 どうして、こんな目にあわなきゃならないんだよ…………)


バンッ!


悔しさから、自分の足を殴った。

太腿の辺りが赤くなる。


(俺が何をしたってんだよ……)


病院のベッドの上で、

彼はこの世界の全てを恨み、この世界の全てを憎んでいた。


(くそっ! 神がいるってんなら、出てこいっ!)


思いっきり殴りつけたにもかかわらず、

彼の足には、少々赤くなった以外の反応はみられない。


(こんな風になっちまうなら、

 才能なんて……そんなもん、最初から無きゃ良かったんだ……)


動かなくなった自身の足を見つめていると、

彼の目からは涙がこぼれおちた。


(最初から無かったなら、こんな思いはしなかったのに)


目を閉じれば、今でも思い出すことが出来る光景。


初めて試合でゴールネットを揺らした時の事。

初めてボールを触り、蹴った日の事。


あの感動は、今でも鮮明に記憶の中にある。

思い出そうとすれば、何時だって思い出せる。


(どうして一度は与えておきながら、奪うような真似すんだよ)


記憶の中で、あの感覚達はいつまでも色あせない。

なのに、彼の足だけが、それを忘れてしまったのだ。


(……くそ、くそくそくそっ!!)


そして、腕で体を移動させ、

病室のテーブルに置かれた果物ナイフを手に取る。


(何メートルも離れているわけじゃない、

 精々が60㎝とかそこらだ。なのに…………。

 たったこれだけの距離の物を取るだけなのに、

 こんなにも……遠い)


すぐ目の前にあるものをとるだけなのに、

想像以上に時間がかかり、そのことであらためて現実を知る。


(まっ、こんな生活も今日で終わりだ)


足が動かなくなり、その感覚が無くなるというのは、

想像以上に動きを制限をする。


それは決して字面だけの話ではない。


本来、足の役割というのは、

上半身を支え、体を移動させるだけではない。


常に体のバランスも保ってくれているのだ。

それも勝手に。自動的にだ。その恩恵は計り知れない。


しかし、それが無くなるという事は、近くにあるものに手を伸ばして、

それを取ろうとするだけの事でも苦労することになる。


腕の力だけで自重を支え、移動するだけでも大変なのに、

その上、目的を達成する為に、なんとか苦労して体を移動させ、

高さを出したとしても、こんどはバランスをとってくれないのだ。


寧ろ感覚が無いのにもかかわらず、実際には重さだけはちゃんとある。

その事が文字通り、しっかりと足を引っ張るのだ。


そのことも彼の心に対して深刻なダメージを与えた。


(ふっ…………)


右手に持った果物ナイフの刃を見つめながら、

その事で安心する自分が認識できた。


(なんてことはない…………。

 俺のゴールは此処だったってだけの話だ)


小さなナイフの煌めきに身を委ねようと、

首に刃(やいば)あてたを時、

果物ナイフが置いてあったテーブルには、

写真立てが一つあるのに気が付く。


(……………………)


その写真には、サッカーボールを持った幼き日の自分がいた。


テレビに影響されて、ボールを親にねだったのだ。

そして、直ぐに買ってくれた。


(……………………)


そこにはサッカーをやる前の自分が嬉しそうに映っている。


「そうだよな。

 別にボールを追いかけて、蹴るだけがサッカーの楽しさじゃねぇよな」


そう言った彼の右手には、スマホが握られていた。



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これからだ コタツの猟犬 @kotatsunoryoukenn

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