ラストスパート
いちご
第1話
大地を蹴り前へグンッと体を伸ばす。
もう片方の足が着地する瞬間に膝に走る衝撃。
刺すような痛みと鈍く溜まっていく疲れ。
何度も競り合った相手だからこそすぐ後ろに近づいてくる足音と気配で誰だか分かる。
高校三年の最後の大会。
記録より勝負の方が俺には大事だ。
「手術をお勧めます」
そういって医者は治療の限界と手術の有効性を説明したけれど、手術後のリハビリ期間とその間に落ちていく筋肉と衰える体力を考えたら受け入れられなかった。
休んでいる間にもライバルたちは練習をしてさらにタイムを上げていく。
そんなの耐えられない。
ならば痛みを堪えるしかない。
高二の春に下した判断がその後の選手生命を奪うことになるって知っていたら俺はあの時医者の勧めに従って手術をしていたのかどうか。
分からないけれど。
流した悔し涙の味を俺は一生忘れないだろう。
コーチは渋い顔をして、だけど最後の大会に全てを捨てて臨みたいと望む俺の希望を叶えてくれた。
練習量の調整とアイシング、体重と栄養と健康の管理は特に入念に。
ストレッチとマッサージ、睡眠と休養。
目標を掲げて集中力を上げる日々。
走る以外で膝に負担がかからないように過ごして。
迎えた大会当日の空は青く澄んでいた。
気温も湿度も悪くない。
そして体調も今までで一番いいコンディションだった。
勝てるかどうかは膝がどこまでもつかにかかっている。
医者はいつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えているようなものだっていっていたから――不安は常にあった。
それでも俺は走りたい。
走って最後に笑って終わりたいのだ。
「これが
高校の名前を背負って走るのも。
大会に選手として出場するのも。
もしかしたら人生で最後になるかもしれない。
だからこそ後悔したくないのだ。
どんな結果でも笑って終わりたいじゃないか。
緊張で固まる体を軽く飛んで解してからスタートラインに立つ。
予選を勝ち上がってきた選手の顔触れの半分は見知った顔。
中でもひとり常に争ってきた相手がいる。
一年の時は俺がひとり勝ちだったけど、二年の夏を超えた辺りから急に力をつけて伸びてきたあいつとの勝敗は五分五分。
できれば最後は勝ちたい。
「On your mark」
踏切板に足を置いて屈み両手をスタートラインの手前に置く。
息を止め合図を待つ。
ピストルの音が聞こえたと思った時には体はもう動いていた。
首から足首まで一直線になるようにして飛び出した俺は腕を大きく振るって誰よりも先にスタートを切る。
歓声。
応援。
足が前へと自然に蹴りだされていく。
ああ――自由だ。
この瞬間俺は解放されて短い時間の中を永遠に駆け抜けることができる。
いや、できていたのだ。
今までは。
ゴールまであと少しの所で膝から力が抜けた。ひどい痛みが後からやって来て、倒れそうになるのを必死で走る。
あいつの軽やかな足音が横をするりと抜けて。
斜め前に鮮やかな赤いユニフォームと白いゼッケンが現れた。
グンッと伸びていくあいつの背中。
ラストスパートをかけたあいつはゴールに吸い込まれていく。
俺は歯を食いしばりながら痛む足を前に出し、体ごとゴールへと転がり込んだ。無様に倒れた俺を見てあいつは笑顔で手を差し出して。
「やっぱお前は速いなぁ」
なんていうんだから。
ほんと参っちまうぜ。
ラストスパート いちご @151A
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