作家の値打ち
ジュン
第1話
「すぐれた文芸作品て、どんなものかしら」
高村は尋ねた。
「持論でいいか」
大江はそう言った。
「ええ」
「僕が思うに、文芸の魅力は『言葉の使い方』に固執し過ぎない文章だと思う」
「というのは、どういうことかしら」
「文芸を『形式』を重んじる、いわば形式主義は、言い換えれば文体の審美主義ということだ」
「あなたは、審美主義の文芸に嫌悪感があるのね」
「そう」
「それは、なぜ」
「形式を重視するあまり、作品の意図、つまり内容がおざなりになりがちだから」
大江は続けて言う。
「美しい作品を書こうとしないことが大事だ。なぜなら、粗削りの文章に『リズム』というものが現れるから。一方、美しい文学は『タクト』に支配された作品になってしまう」
「リズムとタクトはどう違うの」
「リズムは心臓の鼓動のように『生きている』躍動感がある。他方、タクトは『死んでいる』単調な反復だ」
「あなたの主張では、文学あるいは文芸とは、作家の『書くことの不完全さ』を免れない、その泥臭い仕事、洗練されていない仕事こそ、その作家の価値を産み出しているということなのね」
「そう」
大江は続けて言う。
「物を書くことの意義は、限られた文字数の作品に、無理数を有限に表すようなものさ。土台無茶な話だ。だけど『やってみようぜ』と試みるのが作家の気概というものだろう」
高村は言った。
「そうは言うけど、あなたの文章って洗練されてるんじゃないかしら」
「饒舌は根絶まではできないんだよ」
大江は苦笑してそう答えた。
作家の値打ち ジュン @mizukubo
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