暖房とテニスボール

@tukimotokiseki

出会い

 「えー、本日から入部致します、小柳です。よろしくお願いします」

 小柳は、部員たちの前で頭を下げ、やる気のない拍手を受け止める。そりゃあ、そうだろう。3か月経ってやっと入部してきた奴の顔なんて見たくもない。個人の感想だが。

 しかし、このテニス部を真剣に愛し、そして新入部員に優しく接する同級生がいた。

 「そこ、癖になってるから気を付けて」

 「もう少しフォームを意識して」

 「体制崩さないようにね」

 事あるごとに注意をしてきて、時には腹が立つこともあるが、少し考えると全て親切心でやっていると分かった。それを理解すると、なんとなく彼がいい人に見えてきて、部活外でも話しかけてみることにした。

 そのうち、彼の小さな一言やしぐさを気にするようになって、いつのまにか彼をいつも目で追っていた。彼の周りはかすんで見えて、彼だけくっきり見えた。彼の声は、すぐ耳に届いた。


 小柳は最近、真柴のことをちらちら見るようになった。時々、目が合ってどぎまぎしてしまう。思いっきり目を逸らすこともあった。

 「ああ、今日も真柴くんかっこいいなあ」

 「だよね!汗も滴るいい男って感じ」

 「それ水ね」

 いつものバスケの練習中、そんなことがよく耳に入る。女子が甲高い声で叫ぶのも、真柴のことをかっこいいと言うのも、全部が気になってしょうがない。

 「ほら、よそみしない!」

 「はい」

 最近、真柴は良くモテると気が付いた。女子たちがよく噂している。そんな彼とようやく友達なって、ラOンも交換していると思うと、胸が高鳴った。でも、それと同時に女子たちに対する嫉妬もヤバイ。くっついているのを見ると、ものすっごくイライラしてくる。

 でも、女子はいいなあ、なんても思う。

 男が男を好きになったら隠さなきゃいけないのに、女が男を好きになったらアタックしろと言われる。その差が嫌いだった。

 すると、女子たちがまた叫んだ。

 真柴の方を見ると、見事な腹ちらが繰り広げられていた。


 「お前、よく暑くないな」

 「暑くなーい」

 小柳は、愛用している毛布にくるまる。照れ隠しだ。最近、真柴の顔が直視できなくなっている。まともに会話もできない。重症だ。

 「暑いなら消すけど?」

 「いや、いいよ。お前がいいなら」

 胸がきゅうううと音を立てた気がした。いや、絶対立てた。真柴のこういうところが好きだった。誰にでも優しく、自分よりも相手を優先させるところ。自分は、夏なのに暖房をつけている小柳とは違って暑いはずなのに、ただテニスボールをもてあそんでいるだけで、何も言わない。

 ああ、かっこいい。むっちゃ好き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る