さくら、さくら。

みなづきあまね

第1話 夕暮れの水辺桜

春だ。職場の窓から見える桜が満開になった。毎年この桜を見ているが、全然飽きない。少し強い風が吹いているが、まだ散る様子もなく、気温もちょうど良い。せっかくだから、一眼レフでも持って来ればよかった。そう思いながら私は帰る支度を始めた。そこにスマホの画面が光った。


「もしかして、帰り時間かぶりそう?」

「私はもう帰ります。けど、お花見散歩するから寄り道します。」


そう返信すると、送り主を置いて私は先に部屋のドアを抜けた。


数分後、下の入り口で彼と落ち合った。最近はほぼ毎日こんな感じ。付き合っているわけでもない。そもそも彼には好きな人がいたが、失恋したばかり。そして私は結婚している。ただただ、仲のいい同僚。私は彼が誠実で、何の危険もないから仲良くなれると思ったし、それは正しかった。そう言い聞かせている。実際は違う。彼とこれ以上進めないのなら、「仲のいい、理解ある同僚」を演じ、時が来たらそっと傍を離れるつもり。


たわいない話をしながら歩みを進め、大きな交差点まで来た。


「私、まっすぐ行きますけどどうしますか?」

「んー、行かないつもりだったけど。何かあった時に言い訳思いつかないし。」

「まあね、人様がどう思うか分からないし。でも他にもこうやって出かける人いるじゃない?しかも、私はこういう時のために口実普段から揃えてるから大丈夫。」

「いやー、いきなり質問されたら自分は絶対答えられないなあ・・・」


そうやって苦笑しながら結局彼は私と一緒に公園への坂道を下って行った。


そろそろ日が落ちる薄暗い中、まだまだ人はたくさん歩いていた。誰もが満開の桜を眺め、写真を撮ったり、ゆっくり歩きながら談笑している。最もいい時期に来れたのは明白だった。


「うわー、本当満開!来れて良かった~人は多いけど、これだけ広ければあまり気にならないし?」

「そうだね。久々にこうやって何も考えず歩いてるなあ・・・。」


最近仕事漬けの彼は、まるで疲れた目を癒すかのように遠くの桜を眺めた。私たちは特に何をするのでもなく、仕事の愚痴や心配事、プライベートの話をしながらまっすぐ進んでいった。時が経つにつれて、桜の白い色が薄闇にぼんやりとしてきた。


最寄り駅に向かって走る高架下をくぐり、駅に向かってUターンする所まで来た。あと5分くらいで駅に着いてしまう。そこそこ歩いたけれど、やっぱり帰りたくないという気持ちがこみ上げてきた。それでも前に進むしかない。


「多忙なのに付き合わせてごめんね?」

「いや、好きでついてきたし、本当久々に息抜きできたからいいですよ?」


彼はそう呟きながら、満足そうに道の先に目を向けていた。その言葉に私は微笑みながら、まだまだこの時間が続けばいいのに。と、不謹慎な思いを抱きながら彼の隣を歩いた。

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