よろしくお願いします
イッツァ ジャパニーズ侘び寂び
よろしくお願いします
出会いは突然だった。
8月の猛暑日、私は夏風邪で内科に行った。担当してくれたのは、30代前半くらいの、ハンサムな医者だった。
はっきり言ってタイプ。私は一目惚れをしてしまった。
彼が聴診器を当てた時、私の胸は、異常なほど高鳴った。ドキドキしてるのが、バレちゃう!落ち着け、私!頭ではそう考えるが、鼓動はますます速くなっていった。
彼が聴診器を外し、言った。
「あなたの病気が分かりました」
「何ですか・・・?」
あたしは恐る恐る返した。
「恋の病です」
彼は顔を赤らめた。
それから恋は始まった。
私たちは、色んな所へ行った。海では少しも水に入らずに、二人で夕日を眺め続けた。
山では少しも登らずに、ふもとで夕日を眺め続けた。
私たちは、カップルのような関係になっていた。そう、カップルのような関係。まだ、どちらからも、気持ちは伝えていない・・・。
どっちつかずの関係のまま、夏が終わり、秋が過ぎ、冬が訪れた。そんな状態で迎えた、十二月二十五日、クリスマス。私と医者は、博多駅にいた。電飾で彩られた、きらびやかな木々には、大勢のカップルが群がっている。端から見れば、私たちもその一組であろう。少し離れた薄暗いところからは、男子高校生四人組が、そろって指をくわえ、こちらを見ていた。
医者は黙って、一本の木を見つめていた。いや、眺めていたと表現するべきだろう。彼はぼんやりとした目をしており、木を注視しているとは思えなかった。何か予感めいたものを感じた。
彼が唇をきつく結んだ。そして徐にこちらを向き、言った。
「今日は話があるんだ」
「うん」
私がそう返した、次の瞬間――。
彼は勢いよく、シャツを捲り上げた。彼の胸が露わになった。私は咄嗟に目をふさいだ。が、すぐに、
「ちょっと、いきなり何してんのよ!」
と言った。彼は答えずに、私に聴診器を差し出した。
「僕の鼓動、聞いて」
彼はにっこり微笑んだ。
私は訳も分からずに、聴診器を装着し、彼の胸に押し当てた。ドクン、ドクン。心音が聞こえる。こんなことさせて、何がしたいんだろう。さっぱり分からなかった。
しかし、しばらくして、ある事に気が付いた。鼓動が不規則なのだ。私は耳を澄ませる。
ドクン、ドクン。何かのリズム。ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン。五つの音のまとまり。私は全神経を耳に、総動員した。
その刹那。閃いた! ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン。このリズム。間違いない!
「あ・い・し・て・る。だ!」
私はその場で、思わず叫んだ。
「正解」
彼はニヤリとし、シャツを下した。頬が薄いピンク色になっていた。
「もう!イルミネーションの下で告白なんて、高校生じゃあるまいし!」
私は照れながら言った。
「いいじゃないか。恋に子供も大人もない。そうだろ?」
彼は恥ずかしげもなく言った。私は静かに頷いた。
「じゃあ、聞かせてくれるかい?君のお返事」
彼は真剣な目つきで、あたしを見つめた。
「うん」
私は聴診器を突き出した。
「え?」
彼はキョトンとした顔だ。
「聞いてよ、私の鼓動」
「う、うん」
さすがの彼も、戸惑いながら聴診器を受け取り、服の上から、私の胸に当てた。
ドクン・ドクン・ドクン・・・。
少しして、彼はゆっくりと聴診器を外した。
「分かったよ。君の気持ち」
「ふふ」
私は笑みで返した。
その時だった。空から白いものが、ちらつき始めた。
「雪だ。ホワイトクリスマスか。奇麗だな」
彼が無邪気に言った。
雪はイルミネーションの光を受け、七色に変化しながら落ちてゆく。私は空を見上げた。サンタさん、どうかこの雪を積もらせてください。私は胸の中で、彼への返答と、同じ言葉を唱えた。
‘よろしくお願いします’
よろしくお願いします イッツァ ジャパニーズ侘び寂び @ringarindon
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