選択
妻高 あきひと
どっちだ
道に迷った。
道らしい道も無いが、大丈夫だろうとタカをくくったのが間違いだった。
おおよその見当で歩いてきたが、新緑で木々の葉が茂り、草も繁茂しでどこかで道を外れたようだ。
さっきの分れ道らしいところからすでに二三十分経過している。
引き返してもあそこへ戻れるかどうかすら怪しい。
辺りには人の足跡も無い。
さてどうする、じっとしているわけにもいかない。
仕方がない、他に選択肢も無いし戻ることにしよう。
何とか来た道を探しながら戻らなきゃ、これでまた迷うと本当に遭難してしまう。
まだ昼前の11時、日暮れまでには十分な時間がある。
ゴールはペンションだ。
だが戻る道がすでに分からなくなっていることに気づいた。
人の足跡も無い。
幸い晴れているので方角は分かるが、それだけでは動けない。
どうすればいいのか、ペンションといっても山の中の一軒家ではなく、プチホテルやコテージ、別荘などが散在する高原の中の避暑地で、人も車も多い場所だ。
なので出てくるときも、さほどのことも考えずにスニーカーに水筒を肩から提げ、他には腰のベルトにスマホを入れたバッグをつけただけで出てきた。
もちろんコンパスも地図も万が一の場合の笛なんかもありゃしない。
いわば遊園地の中での散歩くらいの気分だったが、それが裏目に出た。
森の木々も背が高いので周囲の山も見えず、ペンションを出たときと太陽の位置が変わっているのでなおさら混乱する。
最初はこんな遊園地のような山の中で遭難とは大恥だな、くらいに考えていたが、それが段々深刻な状況であることが分かってきた。
ペンションはまだ引き払っていないので、万が一の場合は遭難の可能性ありとして人が出てくれるだろうが、そうなれば大騒動だし恥ずかしいし何よりも場合によってはその費用もいる、と余計なことまで思い始めた。
ならばどうするか、すでに道に迷ったと思ってから時間が過ぎているが、ペンションからの距離はそれほど遠くはないはずだ。
だが焦って方角違いに行けば遭難間違いなしだ。
いつも焦っては間違いを犯してきた自分を思い出した。
沈着に冷静に、時計は正午前だ。
水筒の水をひと口飲んだ。
キャップを閉めていると、前方に何かが動いた。
うん、なんだ人か、いや人ではなく茶色い毛をした犬だ。
すると離れたところにもう一匹現れた。
こっちは黒毛の犬だ。
野良犬が二匹、大きさもほぼ同じでもちろん首輪はしていない。
そして二匹は同時に向きを少し変え、顔はわたしを見ている。
わたしは感じた。
こっちへ来い、と誘っている。
方角はまるで別だ。
二匹の犬がそれぞれ違う方にわたしを誘っている。
じゃあの二匹のどちらかについて行けばペンションに戻れるのか。
しかし野良犬がわたしを助ける理由がない。
わたしは犬が好きだが、それにしてもどう考えてもおかしい。
それに二匹が誘っている方向にはそれぞれ何があるのか、それも疑問だ。
そして二匹はほぼ同時に”ワン”と吠えた。
早く来い、という意味だと感じた。
わたしには選択肢が三つできた。
互いの犬の示す方向と、それではない方向の三つだ。
でもまさかこの状況で野良犬の後についていくか、まさか。
なら他の方へ行けるのか、いや無理だ。
わたしは決めた。
犬についていってみよう。
では二匹のうちのどちらについて行くのか。
茶毛の犬か、黒毛の犬か、こうなると犬の人相というか犬相を頼りにするしかない。
じっと二匹を交互に見た。
分からない、当たり前だ。
選択次第でわたしは無事にペンションに戻れるか遭難するかの状況に立たされた。
それだけではない、どちらについて行っても遭難する可能性は50%だ。
大げさでなく、人生で最大の決断のような気がしてきた。
犬が今度は鳴いた。
茶か、決めた。
普通なら茶だろうが黒にした。
黒毛について行こう。
理由はないが、そう決めた。
茶の犬はわたしが見えなくなるまで見ていた。
4、5メートル先を黒毛が行く。
わたしを振り返っては進んでいく。
林というか森が段々と深く暗くなる。
ときたま鳥の鳴き声がする。
森の土や石ころの道がいつの間にか草を踏んで歩くような道になった。
しかし狭くはあるが、確かに人が歩いてつくった道のようだ。
立木の所々に赤いビニールテープが巻いてある。
嬉しかった、確かに人が歩く道だ。
黒毛についていく。
すると何かの音が聞こえてきた。
歩くにつれて音が大きくなる。
ゴーゴーというような音だ。
滝だった。
上からどっと水が落ちてくる。
ものすごい量の水だ。
滝の下の道へ出ていた。
道は整備され、柵まである。
なら遭難でもなさそうだ。
しかしあの別荘地の近くにこんな滝があったのか、そんなことは聞いたこともない。
ならばここはどこだ。
しまった、あの茶毛の犬についていったほうが良かったのか。
いやあの茶毛だってわからない。
すると黒毛はワンと鳴いて滝のほうへ走っていく。
なんだ滝へ何しに、と思ったら滝の裏に入った。
滝の大きな音と猛烈な水がわたしを襲ってきた。
恐ろしくなるような光景だ。
滝へ近づくと滝の裏は大きくえぐれて半洞窟状になっており、歩いて通れるようになっていた。
水しぶきがかかるが道はちゃんとあり、滝の神様か、小さな祠が祀ってあった。
見ると黒毛は消えている。
オイオイ、どこへ行ったのか、ここで見捨てる気か。
急いで滝を抜けると道が二股に分かれている。
どっちだ、黒毛はいない。
滝の音がなお一層大きくなって気が狂いそうだ。
すると道に鹿が二頭現れた。
冗談だろう、さっきの犬と同じだ。
ともに同じ姿でわたしを誘っている。
角がある鹿と角の無い鹿だ。
雄と雌だ。
どっちへ行く。
また選択させられることになった。
いい加減にしてくれよ、一体なんなんだこれは。
すると二匹ともわたしに一瞥するとさっさと歩き始めた。
またあわてた。
どっちについていくのか即決しないと鹿がいなくなる。
雌鹿を選んだ。
必死でついていきながら川を見ると大きな岩の上であの黒毛が寝そべりながらわたしを見ている。
じっとわたしを追いかけながら見ている。
つい叫んでしまった。
「こっちでいいんだな」
黒毛は知らぬ顔でそっぽを向いた。
ものすごく不安になってきた。
でももう行くしかないし、これで遭難したら腹をくくろうと思った。
雌鹿についていく。
道も整備されている。
今度は鹿のせいか足が早い。
待ってくれ、待ってくれ、なんでこんなことになるんだよ。
すると鹿はざざっと道を外れて雑草だらけの緩い坂を下り始めた。
ついていくしかない。
転んでまた転んだ。
鹿は振り向きもしない。
ドドッと落ちたところは道だった。
鹿はチラッとわたしを見た。
近道したのか、このヤローと思った。
鹿はタッタッタッタと走っていく。
道はあるが、さっきから人の姿をまったく見ないし、あの滝も初めて知った。
一体わたしをどこに連れて行く気か。
ええいままよ、自分で決めたんだ、こうなりゃどこでも行ってやらあ。
するといきなり鹿が消えた。道はまた二股だ。
今度は何が出てくるのか、何だろう。
待った、が何も出てこない。
うん? おかしいしじゃないか。
何も出ない。
時計を見るともう3時になっていた。
あれから3時間も経っちゃいない。
だが時計が狂うはずがない。
じっと立ったまま時間が経つ。
どっちの道か、そもそも民宿に戻れるのか、それすら怪しくなってきた。
すると上でホーホワッと音がした。
見上げた。
二本の道のそばに立つ木の枝に右にはミミズク、左にはフクロウがとまっている。
二羽ともわたしを見るとすっと飛んで離れた木に飛び移った。
今度の案内人はミミズクかフクロウか。
また選択か、仕方がない、どちらかに決めなきゃ。
時計はもう5時だ。
時間の流れがやけに早い。
ミミズクについて行くことにした。
フクロウは消えていた。
ミミズクは飛んでは止まり、飛んでは止まってわたしを誘う。
山の中で辺りは少しづつ暗くなる。
時計は6時だ。
ミミズクの姿も見えにくくなり、焦った。
とうとうミミズクは暗闇に消えて声だけが聞こえる。
「ホーホワ、ホーホワ・・」
道がまた分かれている。
泣きそうになったが、左の道からミミズクの鳴き声が聞こえる。
左に道を取り、ミミズクの声を頼りに歩く。
もう暗くて道もはっきりと見えない。
大きな不安に襲われた。
道も少し荒れているようだ、このまま行っていいのか、だがもう行くしかない。
来た道を引き返すのはもう無理だ。
するとミミズクが前のほうでホーホーと二回鳴いた。
見ると向こうがうすら明るい。
森が切れて野原や近くの山が浮かんでいる。
早足で進んだ。
森から野原に出た。
森をみるとミミズクは消えていた。
横の草の丘の向こうから車の音や人の声が聞こえる。
草の丘を必死で上がった。
おどろいた、あのペンションがすぐそこにあった。
駆けって下りた。
ペンションのベッドでまどろんでいる。
カーテンから入ってくる日差しは春の朝そのままだ。
目が覚めた。
どうやら夢を見ていたようだ、犬もミミズクもみな夢だったのか。
でもボーッと天井を見ながら思った。
誰もだろうが、人生は選択だ。
どの道を選ぶかで人生は決まるんだろう。
すると人生のゴールは、選択肢が無くなったときなのか。
選択肢は”死”しかないときが人生のゴールか、う~ん どうでもいいや~。
そういえば壁にミミズクの彫り物が掛けてあった。
身体を動かすとあった。
フクロウだった。
選択 妻高 あきひと @kuromame2010
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