ゴールをめざして

皮以祝

同時にゴールしようとしたところで、順位を記録する人を困らせるだけ

「ねぇ、今年も一緒に走らない?」

「……いいですけど」

「やったぁ! じゃあ、約束ね」

「……」


 私の、去っていった女――宮廻みやめ美穂みほに対する内心は、「何言ってんだコイツ」だった。


 何について話しているのかと言えば、今週末……明後日に迫ったマラソン大会という行事のこと。

 この中学では、毎年秋頃にマラソン大会が開かれ、学年が上がるにつれて距離も少し伸びていく、といった形が取られている。

 そのため、去年走った1年生の距離よりも少しだけ距離が伸びることになっている。


 去年、ゴールまであと1㎞も無いといったところ。

 私は真面目に走っていたわけでもなく、学年の真ん中くらいだったんじゃないだろうか。

 そんなとき、後ろから走ってきた宮廻が言ったのだ。

 『ね、ゴールまで一緒に走らない?』と。


 正直、よくわからなかった。

 そもそもろくに話したことも無い。

 それに、かなり順位が低いのなら、周りの視線から逃れるという意味でも、一緒にゴールまで行くというのはわからなくもない。

 でも、その時の私はそういうわけでもなかった。


 しかし、それまで長い時間歩いたり、走ったりしていて、疲れていた。

 長話もしたくなかったから、とりあえず了承。

 一緒に走ることになったのだが、それからもよくわからなかった。


 宮廻はゴールまでの間、私に話しかけてきた。

 一切返事をしないわけではないが、適当に返事を返していた気がする。

 それだけの余裕があるのなら、さっさと先にゴールしてくれ、とも思っていた気がする。


 そして、ゴールまで50mくらいだろうか。

 かなり近くまで来たところで、宮廻が言ったのだ。

『残りは全力勝負ね! いくよ? よーい、どんっ!』


 私の返事など求めず、走り出したのだ。

 いや、それだけなら別に良かったのだ。

 順位を気にしてたわけでもないし、こっちは疲れていたしで、私はそのままのペースで走ってゴールしたんだけど。


『どうして、全力で走らないの!?』

 ゴール後、そんな風に頬を膨らませていた。


 それを忘れて?

 一緒に走らない?


 頭湧いてる。

 口には出せないので、心の中でできうる限りの悪態をついておくことにした。



×××



 一斉にスタートになる。

 1年から3年までの女子全員なので、ここが一番混みあうことになる。

 それを去年学んだので、しばらく待ちたいけど、宮廻に見つかると面倒なので、さっさと出発することにする。


 最初こそ小走りの人が多いけど、最初だけでほぼ全員が、すぐに歩き始める。

 もちろん私も例に漏れない。


 校庭の出口は、人数に対して、当然のように狭いため、ただでさえ人と人との距離が近いというのに、さらに凝縮されていて気持ちが悪い。

 でも、ここを抜けないと、いつまでもここにいることになってしまう。


 出口の真ん中を通ろうとしてしまったせいで、左右から潰される。

 普通にセクハラされてる気がする。

 ここに男子はいないけど、同性でも適用されるって言うし。

 ま、わざとじゃないだろうし、こっちの手もだれかのどこかに当たってるし。


「あっ、いたぁ」

「っ……!」


 聞こえてない。

 おい、さっさと前進め。

 人酔いで幻聴聞えてんだぞ、こっちは。


「えへぇ……待ってよぉ」


 おい、どうした、コイツ。

 なんか口調キモいんだけど。


「ねぇ、手、つなご?」

「……」


 どさくさに紛れて何やってんだ。

 手握るな。

 人の体温って鳥肌立つな……


「……汗かいちゃうので」

「っ、だ、大丈夫だよぉ! 気にしないから!」


 離せって言ってるんだよ、察しろ。

 人の身体に許可なく触ってくるとか本当に気持ちが悪い。

 

「……は?」

「人たくさんだからぁ……」


 いや、きもいきもい……

 え、なんで抱き着いてんの。

 なんかちょっと汗かいてるし……


 あまりのことに固まっていたら、しばらくして腕が解かれた。

 出口から少し進み、だいぶ混雑がましな所まで来ていた。


「あの、手……」

「あ、ごめんっ!」


 ようやく離したので、下のズボンで手のひらを拭いた。

 どうせ洗うし、汚れてもいい。


「私、道路側いくね」

「は?」


 右手が繋がれた。

 しかもあれ。

 恋人つなぎ。


「……」


 もう吐きそう。


「じゃぁ、いこっかぁ?」

「あー、えっと……」


 あまりの気持ち悪さに頭が真っ白になる。

 これは気づいたら目の前に大きな蜘蛛がいた時に似ている。

 もしくは、腕を毛虫が伝って上に登ってきていた時。


「いこ?」


 かわい子ぶるな気持ち悪い。



×××



「あ、休憩所だよぉ?」

「ようやく……」


 マラソン大会という苦行は、一日かけて行われる。

 そのため、給水所は当然、いくつかの休憩所も存在している。

 昼食はそこで食べる。

 馬鹿みたいに元気な運動部の男子とかは、さっさと走り終えて教室で食べたりするらしいけど。

 部活で何位以内を目指すという目標を立てられるらしい。

 騒いでいたので嫌でも耳に入ってしまった。


「休憩しよぉ?」

「……」


 言われなくともするわバカが。


「あ……手、離さないと……」

「……」


 ここまで来るまでに初めてクラスカースト上位に嫉妬した。

 もし私がそうなら、さっさと手を払って罵詈雑言を浴びせてから、タコ殴りにして裸に剥いて放置しても許されるはずだから。


「大丈夫? 疲れてない? 食べさせよっかぁ?」

「……大丈夫です」


 おい、ほんとにキモいぞ?

 他人に差し出された食べ物とか食えるわけない。


「あ、お手拭き持ってる? よかったらつかってぇ?」

「……ありがとう、ございます」


 宮廻から受け取ったものというだけで、拒否反応が出そうになるけれど、宮廻の汗が手のひらについているという事実も十分に吐き気を催す。

 さっさと拭きたい。


「あ、片付けておくねぇ……」

「……。……!?」


 え、いや、まあ……

 なんか自然と渡してしまったけど、それを鞄にしまってる。

 そこにゴミ箱あるけど、気づいてないのか。

 後でまとめて捨てるのか。うん。



×××



「はぁ~、ごちそうさまぁ」

「……」


 ほぼ同時に食べ終わってしまったので、「食べ終わったので先に行ってますね」が使えなかった。

 というか、合わせたのだろうか。

 絶対に宮廻の方が量多かった。

 ずっとこっちを見てた宮廻と目を合わせないように、下向いてたから詳しくはわからないけど。


「じゃぁ、いこっかぁ?」

「……」


 昼食で少し時間が空いたからか、さっきよりも手から伝わってくる、宮廻の体温が高い気がしてさらに気持ち悪かった。



×××



「あと、ちょっとだねぇ」

「……」


 もう終盤。

 普通にここまで来れた。

 たしか、このくらいで、去年は、話しかけられた気がする。


「最後、頑張ろうねぇ?」


 今回は、いつ、先に行くのだろう。

 もう少しということもあって、観衆の目が痛い。

 そりゃそうだ。

 小学生、それ以下ならともかく、中2にもなって、手をつないで走ってる人間とか気持ち悪い。

 そうでなくとも、真面目ではない。

 これは、学校の行事なのだから。


「大丈夫? 疲れてないかなぁ?」


 私も、宮廻も。

 長い時間、足を動かしてきたわけだから、疲労は溜っている。

 でも、最後、走れないかと言われれば、走れないわけではない。


「いざという時は止まるからねぇ?」


 私は、走れない。

 宮廻を置いて、先にゴールなんてしてしまったら、これからの学校生活が終わる。

 ただでさえ……


「菫ちゃん?」


 いつになったら……


「せーのぉ」

「……」


 ゴール……?

 まだ、手に感触がある。

 どういうこと……?


「……こっち行こっかぁ?」



×××



 手を引かれ、教室まで。

 まだ、よくわかってなかった。

 手をつなぐことに意味があったのか、この誰もいない教室に連れてきた意味とか。


「……どうして」

「なにぃ?」

「先に、ゴール……」

「あぁ……」


 両手に感触。

 私は、初めて真正面から、目を合わせたんじゃないだろうか。

 潤んだ瞳、上気した頬、荒い息……?


「だってぇ、菫ちゃんは、ダメでしょぉ?」

「だめ……?」

「上がってきてほしかったけど、菫ちゃんはダメだからぁ……」

「だから、なにを」

「去年のぉ」


 ようやく、聞けるみたいだ。


「最後、頑張ってればぁ……認められるかもだったのにぃ」


 今更……今更だけど。

 私は、手の感触や温度が気持ち悪かったのだろうか。


「クラスの立場も最低でぇ、向上心も無くてぇ……」


 話し方が。態度が。その目が。


「だからぁ……私がぁ、おちてあげようとおもってぇ」


 手を引かれる。


「なにを」


 目の前に顔、唇に感触。

 逃げようとしても、いつの間にか回っていた腕で押さえられる。


「ほんと、かわいいなぁ」

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