8.秘密の一面

「点呼とるぞー」


 集合時間は過ぎ、バスに乗る前の出席確認が始まった。多分全員いるだろう。


「高校初めての大きな行事って思うと、わくわくするねっ」

「これはテンション上がる!」

「そうだねぇ、みんなで過ごせるの楽しみだよ」


 さやかちゃん、南ちゃん、なつかちゃんと一緒にいれるの楽しみだなぁ。


「勉強の時間があるのだけが問題なんだよね」


 私がそう言うと、三人とも肩を落とした。そうだよね、ただ遊べるんならいいんだよね。


「よし、全員いるな。順番にバスに乗っていいぞー」


 決められた場所に座って出発を待つ。学校から二時間程かかるらしい。そんなにバスに乗っていたら酔いそうだ。


 途中でトイレ休憩を挟み、無事に酔わず宿泊施設に着いた。バスの中はどんちゃん騒ぎで暇を持て余すことはなかった。


 荷物を持って指定された部屋に向かう。近くに遊園地があるホテルで、中は豪華だ。ただし、遊園地には行けない、そもそも今の期間は閉園している。


 部屋に着いて荷物を置き、しばしの休憩。部屋でのんびりというより、他の部屋の子と廊下で話しているのがほとんどだ。私も同じように廊下に出て、さやかちゃん達とおしゃべりを楽しんだ。


 この後は、クラスごとに集まって先生からの話があってお昼ご飯だ。そしてすぐに勉強会。


 ホテルの昼食はバイキング形式、好きなものを好きなだけ盛れる。ただし、おかわりは出来ない。カレーを山盛り持っている男子がいるが、あんなに食べられるのだろうか? と言っている私も、ポテトサラダを盛っている。潰しきってないころころしたじゃがいもが混ざっているのがいい。


 喜びの昼食を終え、勉強の時間。配られるプリント。

頭を働かせるためなんて言って、漢字の読みをひたすら書く作業が始まった。部屋には文字を書く音だけが響く。


 書く時間を終え、答え合わせをする。そしてまた配られるプリント。どうやらさっきの漢字は今配られている文に出てくるものらしい。

 

 こうして勉強会は無事に進み、夕方の自由時間となった。


「泉先生は独身なんですか?」

 

 廊下でそう聞くどこかのクラスの女の子。


「はい、そうなんですよ」


 プライベートな質問に少し困った顔をしながらも、優しく答えてあげている泉先生。そんなことを聞くってことは、やっぱり人気あるのかな。


「彼女はいるんですか?」


 ぐいぐい聞かれている。


「え、それは……」

「泉先生、今ちょっといいですか?」


 答える前に、他の先生に呼ばれたようだ。


 答えを聞けなくて残念だという顔をした女の子は、「あとで教えてくださいねー」と言った。


 先生方の中では注目の的なんだなぁ。


 この後は勉強はなく、夜ご飯やお風呂タイムとなった。


「一日あっという間だね」


 勉強の時間もさらっとこなしたなつかちゃん。羨ましい限りだ。


「うちにはきついわ。勉強しないで体動かしたい」


 南ちゃんには大変な時間だったみたい。


「くぅちゃんは爽やかな顔してるけど、余裕だった?」

「余裕なんて無いよー。早く終わりたかった」


 そうだよね、とみんなで話す時間はいい。


 そろそろ寝る時間となり、部屋に戻ったりトイレに行ったりと行動していた。私も部屋に戻り、買っておいたお茶を飲みベッドへと向かった。


 おそらくほぼ全員が寝静まったであろう時間に目が覚めた。


 またすぐに寝ようとするも、なかなか眠れない。布団に入っていたいのにトイレに行きたくなった。お茶飲みすぎたかな。


 仕方なく起き、トイレに向かう。部屋にトイレがあって良かった。何時かは分からないけど、遅い時間に廊下に出るのちょっと怖かったから。


 トイレに入る前にふとドアの向こうから何か聞こえたような気がした。


 人の声だ。よく聞くと男の人の声のようだ。


 こんな時間に廊下から声は正直怖いけど、気になって仕方がない。ちょっと、ドアを開けてみよう。


 静かにドアを開ける。するとはっきり声が聞こえてきた。


「ん、あー? 俺の学校? ちゃんと決めろよ?」


 少し乱暴な口調で話すその人は泉先生だった。


 丁寧に話しているのしか聞いたことないからちょっと驚いた。


「まだ時間あるし……そう、そうだ……」


 誰と電話しているんだろう?


 横を向いていた先生は急にこちらに向いた。


 目が合ってしまった。


 あ、え、聞いていたことに気付かれてしまった。


「あっ、あぁ、うん、そう、それで……」


 先生も驚いたようだったが、すぐに話し始める。


 すぐにベッドに戻ればよかったのに戻れずにいた。


「えっと、猫宮さんだったよね。委員会に来てくれた」


 気付けば電話が終わっていたようで、声をかけられた。


「はい。すみません。……聞いてしまって」

「あぁ、いや、こちらも起こしてしまったようですみません」

「いえ、そんなこと。私、寝ますね、おやすみなさい!」


 慌ててドアを閉めようとする私に泉先生はこう言った。


「今見たことはどうか二人だけの秘密にしてくださいね」


 少し困ったような笑った顔にドキドキした。


「はい」


 私はそれだけ言ってドアを閉めた。


 次の日もその次の日も勉強の時間や集会があったが、泉先生を見ると秘密と言われたことを思い出してしまって、なかなか集中できない時を過ごした。


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