ブルーローズの約束
福蘭縁寿
Previous winter
1.銀世界
真っ白な世界。辺り一面が雪で覆われていて、太陽の光が反射してきらきら光っている。寒いはずなのに日光で暖かい。これなら雪の上でお昼寝ができるんじゃないかって思ってしまう。
あの日、私はそんな素敵な世界に来ていた。
高校に入学する前の冬。早くに入学が決まっていた私は家族全員でおばあちゃんの家に行くことになった。受験お疲れ様会と入学祝のその他諸々を兼ねておばあちゃん家に行って楽しむぞということらしい。
諸々とは一体何かと思って聞いたとしても、おそらく答えは返ってこない。適当に諸々って言ってるだけだと思う。そういうところは本当にいい加減なお母さんとお父さんだ。
家に行く日、朝起きてすぐお母さんに「あと一時間くらいで出発しまーす」と言われる。昨日言っていた時間と一時間違う。時間に余裕をもって起きたのになんてことだ。顔を洗ったり着替えたり、持っていくバッグの中身を確認しリビングに行く。
「おはよう、なんで家出る時間早くなったの?」
カップにコーヒーを注ぎながらお母さんは答えた。
「お昼にはむこうに着きたいと思っててね。だから早く行くことにしたのよ」
椅子に座り、トーストに齧りつく。
「いつそう決まったの?」
お母さんはコーヒーを注ぎ終わったのかカップを置いて椅子に座って言った。
「今朝」
私は椅子から転げ落ちた。
「なんで今朝なの! はぁ、そりゃ知らないはずだよね。朝ごはん食べれるくらい時間余った、余らせたからまぁいいけど」
椅子に座り直しながら何か変なことに気が付いた。
「ねぇ、お母さん。お父さんは?」
お母さんはそれを聞いて、驚いた顔をしたあと肩を上げ舌をちょろっと出してこう言った。
「お父さんに言うの忘れてた」
お父さんの運転で行くのにお父さんを忘れちゃおしまいだ。私が溜息をついたのを見て、あららと言いながらお母さんはお父さんを起こしに行った。この後、お父さんが慌てて支度をしたことは言うまでもない。
おばあちゃん家に着くまでに山を何個か越える。雪が積もって氷も張っていて滑りやすい道路ではなかなかすぐには先に進めない。おかげで着いたのはお昼を少し過ぎた頃だった。おばあちゃん家といってもおじいちゃん家でもあるわけで、到着した私達を揃って迎えてくれた。
「あらぁ、空(そら)ちゃん久しぶりねぇ。さぁさぁ寒いから中にお入り」
入ってすぐおばあちゃんは温かいお茶を出してくれた。ストーブで暖まりながらお茶を啜る。早速ではあるけれど受験に合格したことを報告した。
「おめでとうねぇ。春まではゆっくり過ごせるねぇ」
「ほぉ、早くに決まったのう」
二人に「そうだねー」と返す。それから五人でテレビを見ながらのんびりとした時間を過ごした。
ふと台所にキャットフードが置いてあるのが見えた。
「まだ見かけてないけど猫飼ってるんだね」
一瞬不思議そうな顔をしたおばあちゃんは私の視線に気が付いて納得した。
「近所の猫なの。冬は寒いから、家に入れてあげようと思ったんだけどねぇ。嫌がられちゃって。でもご飯は食べに来るのよ」
「野良猫なの?」
「そうみたい、もう少し暗くなったら来るだろうから見てごらん」
これを聞いたお母さんは時計を見たあと、私以外の三人に目配せをしてから私にこう言った。
「空、この辺り散歩してきたら? 日が出てるし雪も綺麗だし。ね?」
何かを企んでいるみたい。何も聞かずにそうするとしよう。
「うん、そうだね。じゃあ少し行ってくるよ」
そう言うと、すぐにみんなから「いってらっしゃい」と聞こえてきた。コートを着て家を出ると日差しがとても眩しかった。まだ誰も足跡をつけていない雪の上を歩く。雪以外には木ぐらいしかない。他の家は反対側、車が通る道でもないためとても静か。
それにしても本当に真っ白な世界に来たみたい。真っ白なだけじゃなくて、太陽の光が反射してきらきら光っている。そんな世界に何か黒いものが入り込んできた。よく見てみると、それは真っ黒な猫だった。
ゆっくりと近づいてみると同時に猫のほうも近付いてきた。私の足元に来た猫は艶のある黒い毛と金色の瞳をもっていた。頭を撫でようと手を近づける。その手に猫は擦り寄ってきた。撫でても撫でても、まだと言わんばかりに手にくっついてくる。
「そんなに懐いてきても何も無いよ。あぁ、お腹が空いてるならそこのお家に行ってみたらもらえると思うよ」
この言葉を聞いてなのか猫は私の手から離れ、おばあちゃん家に向かっていった。たまたまその方向に行っただけだろうと思っていたから、とくに気にしなかった。だがその途中、一度こちらを振り返り、一声「ニャー」と言った。お礼かな? なんて。
このあと、辺りを適当に歩いてから家に戻った。戻るとみんなが笑顔で出迎えてくれた。テーブルの上にはご馳走が並んでいてすぐに受験お疲れ様と入学祝のその他諸々の会が始まった。この日がとても素敵な日だったのは言うまでもない。綺麗な世界に可愛い猫、優しい家族とおいしいご飯。これだけあればそりゃあ素敵になるだろう。
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