終末に、社畜なあなたと。ep.FINAL

arm1475

終末に、社畜なあなたと。

『ゴール! イングランドチーム、ここでまさかの大逆転! ワールドカップはこれで因縁のドイツチームとの決勝です! 世界の覇者がいよいよクリスマスに決まる!』


 俺は思わず席を立ってガッツポーズする。

 別に俺の勝利じゃ無い。一方的に極東から応援してるただの一ファンだ。

 でもな、朝昏いうちに家を出て、陽が沈んだ頃に帰宅するような仕事漬けの人生にはこういった熱狂は生きる張り合いになるんだよ。

 特に今年のイングランドは開幕時に移動で利用した飛行機の墜落事故で主力選手の1/3が失われてしまい、まともに試合なんて出来ない状態だったんだぜ?

 なのに残されたチームメイトたちはワールドカップを諦めず、全力で試合に臨み、ついにはライバルのドイツチームと雌雄を決するにまで至ったんだ。

 そんな彼等を見て震えない奴なんているだろうか? やっぱ世の中は頑張れば頑張った分だけ報われるんだよ、俺も社畜呼ばわりされてるが、頑張った分報われるハズ! 明後日のクリスマス決勝が楽しみだぜ、俺たちの為にも夢を叶えてくれよ!



「管理長、欧州第6サーバと連絡が途絶しました」


 主任はそう言ってため息をついた。手元のホログラムインターフェイスを操作し、管理局のメインモニターに表示されている世界地図に気象データを投影させた。

 そこには北極から拡がる巨大な寒波が表示されており、東南アジアなどの低緯度の地域を除いた北半球をほぼ覆い尽くしていた。


「コレで欧州は全て沈黙しました。先日、中央原子炉の爆発によって電力源を喪失した北米大陸の全サーバ、および西日本と台湾サーバ以外の極東地区もほぼ沈黙です」

「欧州は呑気に自然発電に依存していたからねぇ。いざというときは地中海に設置していたサテライトシステムで賄えると大見得切っていたけど、まさか寒気団がここまで発達するとは予想もしていなかったからねぇ……」


 主任の報告を机に向かいながら聞いていた管理長は、史上類を見ない気象異変を前に困惑していた。

 太陽系外から飛来してきた巨大彗星の一部が軌道上のサテライトステーションに衝突したことに端を発するエネルギー供給不足問題。破片の一部は衝突時に地球に落下し、あろう事がサテライトステーションから送信される太平洋上のエネルギー受信基地へ墜落し、世界中を大量の電力で支えていたその基地が喪失されてしまった。

 しかも、衝突した彗星の一部も落下した事で記録的な巨大津波が太平洋全域に発生し、沿岸に用意されていた設備補修基地も破壊され、北半球は大混乱に陥った。

 加えて、この予測すら出来なかった、この北極気団の原因不明な異常発達が追い打ちをかけた。気象学者ですらあり得ないと絶句したこの異常現象は瞬く間に北米大陸とユーラシア大陸を浸食し、スーパーフリーズ現象によって各地のサーバに牙を剥いた。電力供給が低下し、設備の物理的凍結によって機能維持が出来なくなり次々とサーバが途絶えてしまったのだ。

 欧州の危機に北米は永らく停止していた原子炉を稼働させて電力回復を図るが、あろう事が爆発事故を起こしてしまう。一部のルートから原発再稼働を赦さない過激派自然環境テロリストが仕掛けた罠に引っかかったのでは、という情報も流れていたが、直後に連鎖的電源喪失で北米大陸のサーバとの連絡が途絶えた今となっては確認のしようが無かった。少なくとも人工衛星から撮影された北米大陸の惨状は目を覆うものばかりであった。


「原発事故だけじゃここまで酷くはなりませんよ。もしかすると彗星の一部が北米大陸に降ってきたのかもしれませんね」

「サテライトステーションの事故も結局、たたみ掛けてきた災害や事故のせいで子細が判らないままだし……はぁ」

「もしかすると、これは地球がまた氷河期にでも入ったんですかねコレ」

「南半球は今は夏だから寒気の影響は弱いけど……南米とオーストラリアサーバは完全にサテライトステーションに依存していたから、北米と同時期に音信不通になった事を考えると絶望的状況ね」


 管理長は仰いだ。


「まあそれもうちも同じ事だけどね。頼みの原子炉も稼働出来なかったし、海洋発電も津波の影響で稼働不能に陥ったし……」

「管理長、ちなみに電力供給可能時間は?」

「台湾サーバで調べて貰ってるわ。――噂をすれば影ね、今来たわ」


 管理長は台湾サーバから届いた報告書を恐る恐る見て、そして呻いた。


「……日本時間12/24の24時が限界、か」

「ええ……明日の夜じゃないですか……?」

「現在どちらも沖縄海洋発電所の海底に設置された蓄電設備コンデンサに頼っているけど、もう残量が12%を割ってるわ。危険領域20%をとっくに下回っていたとは」

「だったら今すぐ事態を人々に通告して節電を!」


 主任が悲鳴のような声でいうが、管理長は頭を振った。


「もう遅いわ。手の打ちようがないこの状況で発表しても混乱するだけ、焼け石に水」

「そんな……」


 主任は近くにあったストゥールに崩れるように腰を落とした。


「……折角、あの忌々しい病原体に対抗出来るワクチンも開発出来て、バイオマテリアルで全人類の肉体を取り戻せる目処が立ったというのに……百年……人類は百年も待ったんですよ……っっ!!」


 管理長はその困憊しきった声に何も応えられず黙り込んでいた。


「頑張ったのにっ! みんな頑張ったのは報われると信じていたからなのにっ!」


 主任は仰いで絶叫する。天に、人類に過酷な運命を与え続けたその存在を呪うがごとく。

 人類は、恐らく、あと一日で滅びる。

 その無慈悲な現実を前に、二人は打ち拉がれるばかりだった。



 量子化した人類が絶滅するまであと半日。

 この事実は他の職員たちにも即座に通告されたが、彼らは皆、その事実を口外する事を拒否した。

 最後の刻まで、家族、親兄弟そして恋人といった、自分たちの大切な人と一緒に居て、皆に何も知らさず静か消えていく。それが全員選んだ選択肢だった。

 仮想空間に拡がる街並みは、クリスマスの準備で賑わっていた。


「あれ、管理長まだおられたんですか」


 主任は管理局本部の自席で天井を仰ぎ見てながらぼうっとしていた管理長を見つけた。


「君こそ良いのかね?」

「妹のことですか」


 主任――管理長の先輩である課長の妹の存在を、記憶領域障害からの復旧後に彼は朧気ながら認識するようになっていた。管理長はその記憶を改めて消そうとはしなかった。


「もう長いこと連絡取ってませんし、あいつには俺より大切な人もいますからね、彼に任せます」


 そう言って主任は寂しそうな笑みを浮かべる。

 実際は妹の記憶ははっきりはしていない。いた、という認識だけしかない。

 管理長はあれだけ仲の良かった兄妹の絆を失ってはいけない、せめて居たという事実だけは彼の心にとどめておきたいと願い、修正しなかった。


「管理長、ご家族の元へ戻らなくても宜しいのですか」

「……私は子供の頃に家族を交通事故で亡くしてね」

「あ……」

「親戚中たらい回しにされながらも何とか大学を出てここに就職したクチでね。ここが家で家族みたいなものだから」

「済みません……」

「気にしてないから」


 管理長は想い出していた。

 大学時代、先輩と偶然同じやりとりをしていて、少し面映ゆい気分になった。


「だったら」


 そう言って主任は近くにあったストゥールを掴み、管理長の自席にそれをおいて座った。


「俺が一緒に居ますよ」

「……どさくさに紛れて口説いてるのかしら?」

「そう見えます?」


 主任は苦笑いする管理長をまっすぐ見つめた。


(あの時も先輩はこんな顔だった。もっともあの時は口説かれたのでは無く、他のサークルのメンバーが用意していたクリスマスパーティに誘いに来たんだっけ)


 管理長は昔を振り返る。

 あの時、もしかしたら別の可能性の未来があったかも知れない。

 それが今開けているとしたら。


「……本気にしていいの」

「……はい」


 出来ればあの時交わしたかった言葉だった。管理長は頷くと主任はゆっくり顔を寄せ、唇を交わした。



「……まだ人類が全滅するとは限らないんですよね」

「バイオマテリアルで肉体復元する為に今も逐次記録オートセーブしてる各自の量子データ内の遺伝子情報を誰かが使ってくれたらね」

「途絶したサーバのうちで無事なところがあればいいんだけどなぁ」

「まあ気長に待つしか無いわね」


 管理長はそう言ってクスッと笑いながらベル型の乳房を震わせた。そして徐に自分のお腹を愛おしげに摩ってみせる。


「……この百年で復元に備え、限りなく肉体構造に近づけるようにソリッドのバージョンアップを続けていたけど……正直ここまで作り込む必要は無かったかしら」

「あの」

「何かしら」

「量子体って受胎とか……」

「んー、作っておいていうのもなんだけど、無理じゃないかしらねぇ」

「デスヨネー」

「でも、復元された時にさっきので貴方の子を孕んでいたらいいなぁって思ってね。……夢みたいなこといってるかしらねやっぱり」


 そんなことはないよ、――


 管理長は思わず固まった。

 今、主任は、先輩しか知らない自分の名前を口にしたからだ。


「か、管理長、何で泣いて――」

「うん、嬉しいから!」


 そう言って管理長は主任に抱きついてみせる。

 最期の時刻まであと僅か。管理長はようやく報われたな、と笑顔のままでその刻を愛する男とともに迎えた。


                     おわり

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