ある英雄のゴール

私池

第1話

 勇者なき時代、軍と冒険者達は命を懸けて魔王軍と戦い、多くの屍を乗り越えた末についに魔王と対峙した。

 そして魔王との長き戦いを終わらせたのは、名もなき一人のB級冒険者だった。


 彼は前衛ではあったが、突出して強かった訳ではない。

 ジョブが剣豪であった彼は相手の攻撃を躱し往なし、ダメージを与えてヘイトを稼ぐ、いわゆる「避けタンク」だ。


 帝国赤龍騎士団団長が魔王に紙一重で敗れて剣を落とした時に偶々近くにいて、落ちた剣を拾って攻撃したところ、HPの残りがあと僅かだった魔王はその攻撃に耐えられずに敗れたのだ。

 いわゆる「棚ぼた」ではあったが、土埃が舞って視界が悪かった事から誰も一連の動きを見ていたものはいなかった。

 事切れた魔王の側に佇む美形の彼を見て、「団長の剣で魔王を倒し、団長の無念を晴らしてくれた英雄」とその場にいた者は思ったのだ。


 魔王を倒した彼には膨大な経験値が与えられ、ステータスは英雄に相応しいものになった。

 周りが魔王討伐にこれ以上ない盛り上がりを見せている時、彼が思っていたのは

「二年か、これでやっと家に帰れる。 王都で指輪を買って幼馴染に渡そう。 やっと彼女と結婚できる。 長い間待たせてしまったけど、やっとゴールイン出来る」

 だった。


 しかし、世間はこの「強大な魔王に対して勇敢に立ち向かい、惜しくも敗れた騎士団団長の仇をとった英雄」を手離しはしなかった。

 王都と帝都での凱旋パレードと国王、皇帝との謁見もそこそこに、魔王軍の残党との戦いへと駆り出されたのだ。

「いや、依頼は魔王討伐ですよね。 俺は故郷に帰って、待っててくれるアイツと結婚するんだけど」

 ギルド本部で拒否しようとしても、「英雄様がいなきゃ皆んなの士気が上がらないでしょ」と言われ却下。 哀れな英雄は戦場にドナドナされるのであった。


 こうなっては一刻も早く残党の討伐を済ませて故郷に帰る! と一念発起した英雄は、常に最前線に立ち、先頭を切って魔王軍と戦っていった。

 人々がその凛々しい姿に感動し、英雄の名声が更に高まっていたとも知らずに。


 半年の後、戦いを終えた英雄は王都で国王、皇帝合同の謁見を済ませ、両国からの叙爵も、王女、皇女との婚姻も断ってその場で故郷に帰ろうとした。しかし一緒に戦った者達とせめて戦勝祝賀会だけでもと言われ、王宮での煌びやかなパーティーで極上の酒と料理を楽しんだ。


 夜明け前に目を覚ました彼は、自分が左右の柔らかく暖かいものに腕枕をしている事に気がついた。

「え? 王女殿下と皇女殿下⁈」

 そこには絶世の美少女が二人、英雄に抱きついて寝息をたてていた。

 彼女達はルックスだけでなくスタイルも極上であった事を明記しておく。


 昨夜多くの戦友からから酒を勧められた彼はかなり飲んでしまったのと、下半身が熱かった事を思い出した。

 普通飲み過ぎは逆になるはず、薬か⁈

「それで、メイドに両脇を支えられてベッドに......」

 何故メイドだったのだ? 会場には騎士もいた。 あの場合なら一緒に戦った騎士が部屋まで連れて来てくれるのか普通ではないのか?


 そして思考の海に潜り、昨夜の記憶をサルベージする。

「お暑いですし服がシワになりますから、脱がせて差し上げますわね」

 そうだ、そこまではいい。 しかしその後

「まあ英雄様、これでは苦しゅうございましょう。 私共が鎮めて差し上げますわ」

「二人とも初めてですので上手く出来るか不安ですが、精一杯ご奉仕させていただきます」

 そう言って二人共服を脱いで......


「「おはようございます、私の英雄様」」

 二人が起き出し、順番に口付けをしてくる。

「昨晩はお情けをいただきありがとうございます」

「初めてでしたが英雄様の優しさと情熱に包まれて私共とても幸せでした」

 彼女達の内腿には昨晩の破瓜の跡と、彼の残滓が付いていた。


「確認させて下さい、貴女方はこの国の王女殿下と帝国の皇女殿下でお間違いないですね」

「「はい」」

「謁見の際に私との婚姻を断られたのは悲しゅうございましたが、今は受け入れていただけて幸せですわ」

「私もです。 昨晩は英雄様が私を受け入れてくださった時に感極まって泣いてしまいましたもの」


 今更取り返しがつかないのは分かっている。

「責任取るしかないよな、たとえこれが国王と皇帝の策略でも」

 ならば今度はちゃんと楽しませてもらおうじゃないか。 

 少し下衆な考えから英雄は二人を組み敷き、昨夜の続きを今度は自分から楽しんだ。

 一年以上も女性と触れ合う機会がなかった彼の魔神は、昨晩に続き何度も二人を蕩けさせた。


 朝食の時、英雄は両隣に蕩けるように幸せな表情を浮かべる姫達を座らせ、正面でしたり顔をしている国王と皇帝に言った。

「昨日は斯様に美しく、心優しき姫君との婚姻をお断りした自分の不明を恥じます。 国王陛下、皇帝陛下、申し訳ございませんでした」

「「うむ」」

「つきましては、私からお願い申し上げます。 私の全力を持ってお二人を守り、愛する事を誓いますので、どうか王女殿下並びに皇女殿下を私の妻にいただけませんでしょうか」

「その言葉に嘘偽りはないな」

「ございません。 ただ故郷に将来を誓った女性がいますので彼女とも一緒になります事だけ申し上げておきます」

「その女性の事なら知っておる。 すきにせい」

「ありがとうございます」


 故郷に向かう馬車に揺られながら英雄は窓の外をぼんやりと眺めてながらため息をつく。

「はぁー」

「どうなさいました?」

 そう、馬車の中には王女と皇女、外には騎士が十人とお付きの為の馬車が二台。

「何でいてくるの?」

 そう、付いてくるではなく着いてくる、四人用の馬車の後の席に三人が座っている。

 当然密着状態だ。


「それは愛しい英雄様の故郷を一目見てみたいからですわ」

「それに英雄様が将来を誓った方に興味もありますし」

 それなら城で待っていれば会えるではないか、と納得はいかないがここでそれを言うのは野暮というものであろう。


「今更なんだが、二人共本当に俺で良いのか」

「はい」

「もちろんです」

 聞けば二人共魔王討伐の凱旋パレードで英雄を見初めたらしい。

 それ以来、二人がそれぞれの父に輿入れしたいと話していたようだ。

「いや、それならば良かった。 政略結婚の為とかなら二人が可哀想だと思ったんだ。 二人には幸せになって欲しいからな」

「では行く久しく御寵愛を賜りますようお願いいたします」


 やがて馬車は英雄の生まれ育った村に着いた。

「後で呼びにくるから、馬車の中で待っててくれ」


 英雄が一人の女性と連れ立って戻ってきたのは三十分も経った頃だった。

「紹介する。 此方が王女殿下と皇女殿下だ。 そして此方が俺の幼馴染にして最愛の彼女だ」


 彼女の荷物を後の馬車に預け、王都へ引き返す。 三人はすぐに意気投合し、その仲の良さは英雄が疎外感を覚えるほどであった。


 そして三か月後、聖国の首都にある大聖堂で教皇による四人の結婚式が執り行われる。

 その新郎側控室

「この大聖堂が独身としての俺のゴールか。 そして三人の夫としてのスタートだな。 夫としてのゴールはどこになることやら。 でもみんなと幸せな旅にしたいな」


 コンコン、ノックと共に案内の女性の声がする。

「はい、今行きます。」

 ガチャッ、ドスッ!


 リンゴーン、リンゴーン

 新郎新婦への祝福か

 或いは死者への手向けか

 今日も青い空に鐘の音が響く。




 〜 了 〜

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